愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

42、緊急事態

 幸せな気持ちで竜族の集落を出て、ファーブル王国の王都に戻ってきたカトリーヌとエルベルトは、王都に近づいたところで街の異常に気付いた。

 街中のそこかしこから煙が上がり、さらには街の外に大勢の平民たちが出てきているのだ。

 普通ならば何か用事がない限り、獣に襲われる危険のある街の外に出ることはない。つまり、その危険性よりも街中の方が危ないということだ。

「何があったのでしょうか……」

 強い不安に襲われたカトリーヌは、キツく唇を噛み締める。

 家族は、コレットは、魔道具師たちは、使用人たちは、無事なのだろうか。カトリーヌの大切な者たちの顔が次々と思い浮かび、全員の無事を心から祈る。

「何かが起こっているのは明白だな。とりあえず、コルディエ侯爵邸に向かおう」
「はい」

 肩を抱いてくれるエルベルトの力強さと温かさに、カトリーヌは少し冷静さを取り戻せた。

 緊急事態なので魔法で侯爵家の屋敷まで飛ぶと、ちょうど屋敷の庭に侯爵と兵士たちが集まっていた。

「お父様!」

 カトリーヌが急いで侯爵の下に向かうと、侯爵はホッとしたような表情を見せる。

「カトリーヌ、無事で良かった」
「何があったのですか。エルベルト様と共に先ほど戻ったところ、王都中から煙が上がっているのが見え、さらに街の外に避難している人たちも大勢いて……」

 事情を聞いたカトリーヌに、少しだけ躊躇ってから侯爵は告げる。

「実は、セドリック殿下が……いや、もう殿下と呼ぶべきではないな。白の塔に幽閉されていたセドリックが、獣の誘引香を使ったようなのだ」
「まさか、あの禁止されている誘引香ですか⁉︎」

 過去に獣を効率的に駆除しようと開発されたのだが、獣を興奮状態にさせて通常よりも凶暴化させる上に、予想以上に広範囲の獣を誘き寄せてしまうことが発覚し、禁止されたのだ。

 街中で使えば、一定の範囲内にいる獣が全て街中に押し寄せ、その街が壊滅する恐れもある恐ろしい香である。

「そうだ。セドリックは幽閉前から数人の側近に対して洗脳薬を使っていたらしく、今回はその洗脳された側近が誘引香を裏組織から手に入れ、セドリックに渡したようだ。セドリックは白の塔の最上階でそれを使ったため、特に王宮周辺の被害が酷い状況だ」

 次々と出てくる情報に、カトリーヌは眩暈がした。

 セドリックは女遊びに国庫の使い込みにと酷い行動が多かったが、まさか洗脳や裏組織との関わりまであるとは思わなかったのだ。

 そして最後にやらかしたのは、王都を滅ぼす可能性もある誘引香の使用である。

 婚約を続けていたら、いつか凶暴な本性が自分に向いていたかもしれない。その事実が唐突に胸に落ちてきて、カトリーヌは小さく震えた。

 今は恐怖に支配されている場合ではないと深呼吸をしていると、エルベルトが後ろからそっと肩を抱いてくれる。

 それに、心から安心することができた。

「カトリーヌ、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」

 カトリーヌがすぐに頷くと、エルベルトは侯爵に視線を移す。

「コルディエ侯爵、俺も獣の討伐に協力する。どこに向かえばいい?」
「よろしいのでしょうか。またお手を煩わせることになってしまい……」
「気にする必要はない。詳細は後で話すが、ここはカトリーヌの暮らす街だからな」

 そう告げたエルベルトの表情が優しく、さらにカトリーヌを見つめる瞳が愛おしそうに細められていて、侯爵は二人の関係性が変わったことに気づいたようだ。

 娘が幸せになれる予感に頬を緩めたが、すぐに引き締めた。

「かしこまりました。感謝申し上げます。エルベルト様には、ぜひ白の塔へ向かっていただければと。そこが誘引香のある場所なので、周囲に獣が多数群がっているようなのです。またセドリックの身柄を拘束したいのですが、白の塔が障害となり上手くいっておりません。ぜひセドリックを捕らえていただけたらと」
「ほう、それは俺に任せてくれ。あいつは二度と日の光を浴びれぬようにしよう」

 冷たい眼差しでそう告げたエルベルトに、侯爵は少し顔を引き攣らせる。

 カトリーヌも敵だったら生きた心地がしないだろうと思いつつ、絶対の味方であるので、とても頼もしく思った。

「よろしくお願いいたします。私たちは他の場所にいる獣の討伐に向かいます」

 侯爵のその言葉に、カトリーヌは鞄に入っていた攻撃魔法の魔道具の存在を思い出す。

 扱いについてはこれから決めようと思っていたのだが、緊急事態であるため、今回は使ってもいいだろうと判断した。

「お父様、こちらの魔道具を皆さんに配りたいです。これは――」

 説明を聞いた侯爵は、驚きに大きく目を見開いた。

 そして娘が成し遂げた偉業に、優しい笑みを浮かべてカトリーヌの肩に手を置く。

「さすがカトリーヌだ。私の娘は天才だな」

 その言葉は、カトリーヌにとって泣きそうなほど嬉しいものだった。

 胸がいっぱいになり、少し潤んだ瞳のまま笑みを浮かべる。

「そう言っていただけて嬉しいです。この事態を無事に乗り越えましょう」
「もちろんだ。一人でも多くの者を救おう」
「はい」

 そうして侯爵との話を終えたカトリーヌは、エルベルトを見上げた。

「エルベルト様、わたしも白の塔へ共に行きます」

 置いていかれるかもしれないと先に告げた言葉は、エルベルトの眉間に皺を作り出す。やはりエルベルトは、カトリーヌを連れて行く気はなかったようだ。

「……行きたい気持ちは分かるが、危なすぎる」
「ただ、わたしは攻撃魔法の魔道具を使いこなせるので、お役に立てると思います。この魔道具の扱いはわたしが一番です」

 誰にでも使うことはできるのだが、尤も有効的に使えるのはカトリーヌなのだ。製作者なのだから当然だろう。

「それに、セドリック殿下がこの事態を引き起こした責任の一端はわたしにあります。わたしが婚約破棄を望んだからですし、長く殿下と婚約者という結びつきを得ていて、殿下の黒い部分に気づけませんでした」

 どれもカトリーヌのせいではないのだが、カトリーヌは責任を感じていた。もっと上手くできたのではないかと、どうしても考えてしまうのだ。

(セドリック殿下がこれ以上暴れないように押さえるのは、殿下に対するわたしの最後の仕事だ)

 ただ後ろ向きな考えというよりも、これからの未来のために、前向きな気持ちでセドリックを押さえようと決意していた。

 そんなカトリーヌの気持ちが分かったのか、エルベルトは躊躇いながらも頷いてくれる。

「……分かった。しかし俺のそばを離れないでくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 カトリーヌの同行が決まったところで、二人はエルベルトの魔法によって屋敷を飛び立った。
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