氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
私は振り返らないまま、処置室の状況を見た。
刑事として見る。
沢渡先生の代わりに見る。

「患者、藤堂誠司さん。ベッド上で意識あり。混乱していますが、呼びかけには反応しています。右前腕の点滴ルートを抜こうとして皮膚を傷つけています。出血は少量。シーツに点状に付着。噴出なし。今、看護師が圧迫しています」

先生の呼吸が、まだ乱れている。
それでも、私の言葉を追っているのがわかった。

「呼吸は荒いですが、自発呼吸あります。意識は……混濁気味。『帰る』『眠らせるな』と繰り返しています」

「発汗は」

かすれた声だった。

私はすぐに振り返って藤堂さんの顔を見た。

「額に汗。手も震えています」

「脈拍」

私は近くのモニターを見た。

「脈拍百十前後。血圧は表示が揺れています。今、再測定中」

もう一度先生の方を向くと、先生は右手を白衣ではなく、黒いコートの袖口に押しつけていた。
指先が震えている。
それでも、声は少しずつ形を取り戻した。

「ルートは抜けたのか」

「完全には抜けていません。看護師が押さえています」

「抜けかけた針は再固定するな。汚染の可能性がある。新しいルートを確保。傷は圧迫止血。患者を無理に押さえつけるな。混乱が強くなる」

私たちの会話を聞いていた救急医が、こちらを見た。

「医師ですか」

「法医学者だ」

沢渡先生は答えた。
声に芯が戻っている。

「薬物の関与が疑われる。鎮静を追加する前に採血を。可能なら尿も。睡眠薬系、鎮静薬、抗精神病薬、オピオイド系を広く見る。投与時刻と現在の薬剤は記録に残してください」

「了解しました」

救急医はすぐに指示を出した。
看護師たちが動く。

藤堂さんが暴れかける。
奥さんが泣く。

「誠司さん、お願い、じっとして」

「眠らせるな……あいつが……」

藤堂さんの声が、掠れて落ちた。

あいつ。
私はその言葉を拾った。

「藤堂さん。今井です。警察です。あいつとは誰ですか」

先生の背後から、低い声が飛ぶ。

「今井刑事。今は聞くな」

「でも」

「せん妄状態の発言は正確ではない。命を優先しろ」

正しい。
悔しいくらいに正しい。

私は一歩下がった。
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