氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
「今井刑事」

先生の声がした。

「はい」

「採血が終わったか」

私は処置台の方を見る。

「はい。担当医が検体を確保しています。尿検査も準備しています」

「救急搬送時の所見」

「看護師経由で聞いた奥さんからの話では、朝、起こしに行ったら呼びかけに反応が鈍く、呼吸が浅かった。眠っているようだった、と」

眠っているようだった。

その言葉が、処置室の空気の中で冷たく浮いた。

三人の変死と同じ。
第一発見者たちが口をそろえた言葉。

「先生」

「聞こえている」

沢渡先生の声は、まだ苦しそうだった。
でも、崩れてはいない。

「救急医に、搬送前のバイタルと投与薬を確認しろ。救急隊の記録も。白峰メディカルケアの訪問予定時刻も押さえる」

「わかりました」

「それから、藤堂の妻には今、追及するな。不安定な状態の家族の記憶は、証言として不十分だ」

「はい」

「今井」

一瞬、時間が止まった。

今井刑事、ではなかった。

今井。

自然に、あまりにも自然に呼ばれたから、最初は聞き間違いかと思った。

先生自身も、気づいたのか気づかなかったのか、眉をわずかに寄せた。
でも訂正しなかった。

「動く前に、俺に確認しろ」

「……はい」

返事が、少し遅れた。

先生はそれ以上何も言わなかった。
呼吸を整えるように、浅く息を吸って、吐いた。

私はその音を聞いていた。

処置室の喧騒の中で、先生の呼吸だけがやけに近かった。
< 27 / 103 >

この作品をシェア

pagetop