氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
救急医が去ると、廊下に静けさが戻った。
先生は壁際に立ち、長く息を吐いた。
ほんの少し、肩が落ちている。
「大丈夫ですか」
私はそっと尋ねた。
大げさに心配しないように。
誰かに聞こえないように。
先生が、傷つけられないように。
先生はしばらく黙っていた。
白い蛍光灯の下で、彼の横顔はいつもより薄く見えた。
氷のような顔ではなく、透けてしまいそうな顔だった。
「問題ない」
「それ、信用していいですか」
「君が判断しろ」
「じゃあ、信用しません」
先生の眉がわずかに動いた。
「失礼だな」
「先生ほどじゃありません」
会話に、ほんの少しだけ普段の温度が戻った。
けれど、それでも空気は軽くならなかった。
先生は自分の指先を見下ろした。
震えはもう、ほとんど収まっている。
それでも、手を握り込む力が強すぎる。
「……助かった」
小さな声だった。
私は聞き間違えたかと思った。
「え」
「二度言わせるな」
先生は視線を逸らした。
「君が前に立たなければ、処置の邪魔をしていた」
胸が、変に揺れた。
助かった。
今の言葉は私に向けられていた。
秘密を利用した相手に、助かったと言われるのは苦しい。
そう思った。
「私は、見たことを言っただけです」
「それが必要だった」
「……先生の判断は正確でした」
「君の情報が正確だったからだ」
返された言葉に、私は少し息を止めた。
褒められた。
たぶん。
先生にしては。
けれど、そう思った途端、先生はいつもの顔を取り戻すように背筋を伸ばした。
「勘違いするな。状況報告としては最低限使えただけだ」
「一言多いです」
「多くない。必要量だ」
思わず、笑いそうになった。
でも、笑わなかった。
今は笑う場面じゃない。
先生の秘密に触れるとき、私は笑わないと決めた。
先生は壁際に立ち、長く息を吐いた。
ほんの少し、肩が落ちている。
「大丈夫ですか」
私はそっと尋ねた。
大げさに心配しないように。
誰かに聞こえないように。
先生が、傷つけられないように。
先生はしばらく黙っていた。
白い蛍光灯の下で、彼の横顔はいつもより薄く見えた。
氷のような顔ではなく、透けてしまいそうな顔だった。
「問題ない」
「それ、信用していいですか」
「君が判断しろ」
「じゃあ、信用しません」
先生の眉がわずかに動いた。
「失礼だな」
「先生ほどじゃありません」
会話に、ほんの少しだけ普段の温度が戻った。
けれど、それでも空気は軽くならなかった。
先生は自分の指先を見下ろした。
震えはもう、ほとんど収まっている。
それでも、手を握り込む力が強すぎる。
「……助かった」
小さな声だった。
私は聞き間違えたかと思った。
「え」
「二度言わせるな」
先生は視線を逸らした。
「君が前に立たなければ、処置の邪魔をしていた」
胸が、変に揺れた。
助かった。
今の言葉は私に向けられていた。
秘密を利用した相手に、助かったと言われるのは苦しい。
そう思った。
「私は、見たことを言っただけです」
「それが必要だった」
「……先生の判断は正確でした」
「君の情報が正確だったからだ」
返された言葉に、私は少し息を止めた。
褒められた。
たぶん。
先生にしては。
けれど、そう思った途端、先生はいつもの顔を取り戻すように背筋を伸ばした。
「勘違いするな。状況報告としては最低限使えただけだ」
「一言多いです」
「多くない。必要量だ」
思わず、笑いそうになった。
でも、笑わなかった。
今は笑う場面じゃない。
先生の秘密に触れるとき、私は笑わないと決めた。