氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
廊下へ出ると、検案室の前にいた若い医師の加賀谷が顔を上げた。俺より十歳ほど若く、最近この医務院に来たばかりで、必要以上に人懐こい。

「あれ、沢渡先生。また外出ですか」

「ああ」

「警察署ですか?」

「そうだ」

「今井刑事さんのところ?」

「捜査一課だ」

「今井刑事さんのところですね」

「捜査一課だと言った」

加賀谷は笑いを堪えた顔をした。

「先生、最近その訂正多くないですか」

「不正確な表現を訂正しているだけだ」

「今井刑事さん、明るくていい方ですよね。先生と正反対で」

「正反対だから何だ」

「いや、バランスいいなと思って」

「何の話だ」

「いえ、なんでもないです。いってらっしゃい」

加賀谷がひらひらと手を振る。

俺は無視して廊下を進んだ。

監察医務院の自動扉を出ると、雨は細くなっていた。空は灰色で、夕方にはまだ早いのに街の輪郭が少し鈍い。

タクシーを使うべきか、電車で行くべきか。

距離と時間、天候、資料の量を考えれば、タクシーが妥当だ。

俺は道路脇に出た。

その間にも、さっきの通話の声が耳に残っていた。

『わざわざ来てくれるんですか』

『今のは、ちょっと嬉しかったのに』

声の抑揚が、思考に入り込む。

不快ではない。
だが、邪魔ではある。

俺は眉間を押さえた。

恋愛ではない。

危険な捜査対象への注意。協力者としての責任。秘密を共有されたことによる心理的な警戒。説明できる要素はいくらでもある。

説明できるものは、制御できる。

そのはずだ。
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