氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
資料室は狭かった。壁一面の棚にファイルが並び、中央に古い机が一つ。窓の外には雨に濡れた庁舎の裏庭が見える。

蛍光灯の光が少し弱く、廊下よりも静かだった。

今井は机に資料を広げる。

「夏目由香さんの聞き取り内容です。まず、莉子さんが亡くなる一週間ほど前から、白峰メディカルケアを怖がるようになったこと。理由ははっきりしませんが、『薬がおかしい』『記録と実際が違う気がする』と話していたそうです」

「薬剤管理画面の写真は」

「莉子さんのスマホ内にあるかもしれません。由香さんがパスコードの心当たりを探しています。パスコードが誕生日ではなかったそうで……。それから、莉子さんは神崎事務長に相談した可能性があります。由香さんの話では、莉子さんが『神崎さんに言ったら、黙っていた方がいいと言われた』と」

「文脈は」

「詳しくは不明です。ただ、『白峰は今、変なことになっている。余計なことを言うと面倒になる』とも言われたらしいです」

「脅しとも、忠告とも取れる」

「はい」

今井は頷いた。

以前より早く断定しなくなっている。

悪くない。

俺が資料に目を落とすと、今井が少しこちらを見た。

「何だ」

「いえ」

「言え」

「先生、今ちょっとだけ、よくできました、みたいな顔をしました」

「していない」

「しました」

「君の観察は不正確だ」

「先生に言われると悔しいですね」

そう言って、彼女は少し笑った。

資料室の静けさの中で、その笑い方だけが妙に明るい。

濡れた髪の先から、小さな雫が落ちそうになっていた。

俺は視線を外した。

「髪を拭け」

「え?」

「濡れている。資料に落ちる」

「あ、すみません」

今井は慌てて鞄からハンカチを出した。額の髪を押さえ、首元も軽く拭く。その動作が雑で、濡れた部分を全部拭き取れていない。

なぜそんなところまで気づく。

観察だ。

資料保護のための観察だ。

俺は自分にそう言い聞かせた。
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