氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
橘さんを見送ったあと、私たちもカフェを出ようとしていると、さっきとは別の店員が明るく声をかけてきた。

「奥様、お忘れ物はありませんか?」

「違います」

また先生が即答した。

けれど今度は、言ったあとに一瞬だけ私を見た。

本当に一瞬。
表情は変わらない。

でも、さっき私が「速度が傷つきます」と言ったことを覚えていたのだとわかった。

先生は「……同僚です」と言い直した。

それを聞いて、私はなぜか、笑いそうになった。

「誤情報を訂正した」

「はい。ありがとうございます」

「礼を言う内容ではない」

先生は少し眉を寄せた。

でも、その横顔は先ほどよりほんの少しだけ困って見えた。
< 61 / 103 >

この作品をシェア

pagetop