氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
「研修の一環で、救急にも出た。今よりずっと、判断が遅かった。若かった、と言えば言い訳になる」

「……」

「ある患者がいた。助けを求めていた。意識もあった。こちらの声に反応していた」

先生の声は平坦だった。

でも、その平坦さが、逆に痛かった。
感情がないのではなく、こぼれないように押さえ込んでいる声だとわかったから。

「俺は今でも考える。あの時、自分の判断が遅れたのか。別の順番なら違ったのか。何を見落としたのか」

「先生」

「答えは出ない」

先生は、私を見なかった。

「遺体には向き合える。死者の声なら拾える。もう失われた後だからだ。だが、生きている人間が傷つき、失われそうになる瞬間は――その時の記憶に引き戻される」

先生は言った。

「法医学を逃げ場だと思われるのは嫌いだ。逃げたと言われても、反論できない部分があるから余計に嫌なんだろうな」

自嘲にも似た声だった。

でも、私は首を振らなかった。
安易に、先生のせいじゃありませんとは言わなかった。

その言葉が届かない人だと、もう知っていたから。

先生は、そんな簡単な慰めで自分を許す人じゃない。

「本当は」

先生は、低く続けた。

「死者の声を拾うことで、生きている人間を少しでも救いたいと思っている」

その言葉は、氷の奥に閉じ込められていた灯みたいだった。
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