麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜


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「.........私、いつの間にこんなところまで来ていたのかしら」



 リードネストとわかれ、ウキウキと花畑を自由に見て回っていたら、なんだか引き寄せられるように端のほうまでやってきていた。



 かろうじて、先ほどまで乗っていた馬車は見えるが、かなり小さい。




 こんなに離れるつもりはなかったのだが、不思議だ。





「......戻らなきゃ。リードが心配する」




 そう思うのに身体はちっとも動かず、むしろ何かを探し求めるようにすぐそばの瑞々しく咲く花たちをかき分けていた。





 カサカサ......カサ。





「........あら?........誰?ちょっと.....あなた、大丈夫?」





 しっとり冷たい花びらに掌をくすぐられながら、かき分けられた花の根本へ視線を落とすと、そこに何かがいる。




 それは明らかに意識がなく、柔らかな葉の上に身体を横たえていた。




 小さな身体はまるで小人サイズで、おそらくモモネリアの両手に乗るくらい。




 着ている服はあまり見たことのないつくりをしている。



 光を受けてツルリと艶めく生地は白。

 見る角度によっては、夜空に揺らめくオーロラのように薄桃、紫、緑、青......細やかに色が混ざり合い、常に色彩を変えている。




 前開きになっているその服は袖と丈が長い。


 袖は大きく余裕があるため、ちょっとした小物などその中にしまって持ち運べそうなほどだ。


 丈は、これでは引き摺るのではと心配になる長さ。

 全体的にゆるく着る服らしい。

 ふんわり合わせられた前開きの部分をとめるため、腰の位置で濃紺色の紐をぐるぐると巻き、右前あたりで蝶々結びに結ってある。



 靴は細身で先端が少し尖り、くるんと上に巻いていた。


 髪の毛は濡羽色で艶があり、肩まで伸びたそれを後ろの低い位置で束ねている。


 閉じられている瞳の色はうかがい知れないが、肌は白くきめ細やかだ。



 眉や鼻、唇、気を失った状態でも整った顔であることが、すぐにわかる。



 モモネリアは見つけた瞬間硬直し、意識がないとわかるとかなり焦った。



 だが、その生き物はスースーと寝息をたてている様子で、とりあえず生きていることがわかったモモネリアは、ホッと安堵した。




 モモネリアはその生き物を放っておけず、時間が経てば陽があたり暑さも増すであろうこの場所からどこか安心して休める場所に移動させてあげようと、身を屈めた。




 .........この子、人間でも、獣人でもないわ.....。

 国境は超え、ナターシェリア国に入ったというし、他種族?

 .......ということは.....魔法使いかドワーフ、かしら......?






 そんなことを考えながら、その生き物をそっと両手で掬いあげる。


 動かしても目を覚ます様子はない。


 モモネリアは、手のひらで眠る生き物を見つめた。


 そして、その状態で考えあぐねた。





 .......どこへ連れて行こうかしら?


 ........どこかに移動させて.....それで、一人残していくの?

 .........いつ目を覚ますかもわからないのに。もし、意識のない間に誰かに襲われたら?






 悪い考えが一気に押し寄せ、そわそわ落ち着かない。


 そして、それとは別に僅かに自分の心に言い表し難い......何か後ろ髪を引かれるような思いがあることに気づく。






 .......なんだか、この子から離れられないわ。







 先ほどまで、暑かったら可哀想だからと移動させることを考えていたというのに、この生き物に触れた瞬間、一人残していけない気持ちが膨らみ、心の片隅で離れたくないという思いが生まれていた。




 モモネリアは、自分の気持ちの変化に戸惑い、美しい眉を下げた。





 ........何かしら。この気持ち?

 
 私、今初めて会ったこの子を連れて帰りたいと思っている?






 モモネリアは、本来、生き物を飼うのは苦手だ。


 怪我をした野鳥を保護し、一時的に世話をしたことはあるが、その野鳥でさえ怪我が治れば未練もなくすぐに自然にかえした。



 すっかり元気を取り戻した野鳥は、待ってましたとばかりに青空に羽ばたいていった。




 それが本来の鳥の姿であるし、モモネリアは嬉しかった。



 生き物が嫌いというわけではない。


 むしろ、好きだろう。


 だが、それは自然に生きる生き物が好きという意味だ。



 それぞれの本能で、奪い、奪われながら、自然の中で必死に命を繋いでいる生き物は、生命力に溢れていきいきしている。



 だから、人間の都合で狭い檻に閉じ込め、餌を与えて『愛情をそそぐ』というのは、本来の生き方ができない生き物を見ているようで胸が締め付けられて苦手なのだ。




 モモネリアは、その思いからこれまで生き物を飼いたい、連れて帰りたい、などと思ったことは一度もない。





 それなのに......今、モモネリアは確かにこの生き物と離れたくないと感じ、連れて帰りたいと思っているのだ。


 もちろん、目の前の生き物は野生動物でも何でもないのは明らかなのだが。



 それでも、『連れて帰りたい』など妙な気持ちだ。




 一人残していく心配ももちろんあるが、とてもそれだけでは形容しがたい何かがある。






 .......どうして?


 .......そろそろ、リードの元に戻らないといけないのに。






 今までの自分なら考えもしない気持ちを胸に抱いて、モモネリアは次第に焦ってきた。


 戻らねば、リードネストが心配する。


 だが、とてもじゃないがこの生き物を置いていけない。置いて行きたくない。


 どうしたものか。モモネリアは、同じ姿勢のまま固まっていた。




 そのときーー。




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