麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
9. 危険な思惑
「......!?........リード!」
ふわりとよく知った香りと体温に包み込まれて、モモネリアは後ろを振り返った。
そこには、額に汗を浮かべて息を切らして肩を揺らすリードネストの姿があった。
気がつくとモモネリアは、ひどく安堵した表情を浮かべるリードネストに強く抱きしめられていた。
密着した背中が熱い。
「......ど、どうしたの?」
何か問題でもあったのかと尋ねると、すぐに鋭い視線に射抜かれる。
「......どうした、じゃない。なるべく離れすぎないように言っておいたはずだ。お前の姿が、突然見えなくなって焦ったんだぞ。何度も花畑の中を回って、探したのにどこにも気配さえ感じないし。.......知らない土地で一人になって何かあったらどうする。危険だと、わかっているはずだ」
いつもモモネリアに甘く穏やかなリードネストには珍しく、強い口調で叱られたモモネリアは、萎れた花のようにしゅんとした。
「あ......ご、ごめんなさい」
「.......怪我は....なさそう、だな?」
モモネリアの全身に視線を遣り、怪我の有無を確認してから、つむじにキスを落とす。
「........心配した」
リードネストは、彼女の耳に唇を寄せ本音を漏らした。
耳元でそっと囁く声とほっと息を吐く熱にドキドキしながらも、本気で自分の身を案じてくれる存在がいることに嬉しさを隠せない。
不謹慎だが、こんなことでも愛されている自覚をもってしまう。
「.......大丈夫。なんともないわ。花を見ていただけだもの」
「.......そうか。......キツく言ってすまなかった」
モモネリアが無事だとわかると冷静になったのか、今度はリードネストがしゅんとして、謝ってきた。
モモネリアはふるふると首を振る。
確かに、旅先で女性がひとけのないところで一人になるのは危険だと自分でもわかる。
たまたま何もなく無事だったが、悪いことを考える者に狙われていた可能性だってある。
普段から、心配症で過保護なリードネストがどれほど肝を冷やしたか想像に難くない。
モモネリアを大切に思うが故の叱責であることをひしひしと感じるのだ。
謝ることなどない。
「ありがとう、リード。あなたの言うことはもっともだわ。次から十分注意する」
「......あぁ、そうしてくれ」
リードネストはふっと肩の力を抜き、微笑んだ。
モモネリアも、つられて笑顔を見せる。
「......おーい!そろそろ、いい?」
会話が落ち着いたところでじっと成り行きを見ていたローネルから、半ば呆れ顔で声がかかった。
「.......あ」
モモネリアは、しまったと思い、掌に視線を向ける。
そこには、プンスカと頬を膨らませてジト目でモモネリアとリードネストを見つめるローネルがいた。
「......ごめんね、ローネル」
モモネリアは、慌ててペコリと頭を下げた。
「.......そいつは?」
今、その存在に気づいた様子でリードネストがモモネリアに尋ねる。
「こちらは、ローネル。そこのお花の陰で倒れて気を失っていたから、心配で。ついさっき意識が戻ったのよ」
「.......初めまして。私は、ローネル。疲労で意識を失っていたところを、モモネリアに助けてもらった」
モモネリアに紹介され、ローネルはリードネストに挨拶した。
「........あぁ」
リードネストは、鋭い視線でローネルを射抜く。
声は低く、返事も実にぶっきらぼうだった。
モモネリアに対する甘い態度からは想像できないほどだ。
初対面ではあるが、ローネルは小さくて美しい女の子だ。
見たところ、子供ではないがまだ若いように見える。
もちろん、人間や獣人とは違う種族だと思われるので、見た目と年齢が比例しているかはわからないが。
それでも、若い女の子をそんな睨みつけるみたいに見なくても.....とモモネリアは内心ローネルがかわいそうになった。
怪訝に思いながらも、先ほどのローネルの言葉を思い出し、言いにくそうにモモネリアが口を開く。
「.......リード。ローネルがね、私たちと一緒に来たいって。......この国の子らしいし、勝手に連れ出すのもどうかとも思ったんだけど。女の子を一人にしておけないし......まだ疲れが残っていそうなの。放っておけないわ」
「.......女の子?」
リードネストがモモネリアを見て、首を傾げる。
「.........?」
モモネリアは頷いてから、なぜ聞き返されたのか不思議に思う。
ローネルを見れば、わかるだろう。
「.............」
何故か三人の間に沈黙が落ちる。
リードネストは、モモネリアからゆっくりローネルに視線を移し、眉間に深く皺を刻んだ。
ローネルはニコニコと笑みを浮かべ、黙って二人を見ている。
「........俺には、こいつが疲れているようには見えないが」
苛立ちと呆れが浮かぶ声で、リードネストは言った。
それを聞いたローネルは、あからさまに目眩でふらつくフリをして、モモネリアの掌に倒れ込んだ。
「あぁ、また目眩が....」と手の甲で目元を覆って呟く。
「.........ちっ、ほら吹きめ」
また倒れたローネルに気を取られ、リードネストの小さな声はモモネリアの耳に届かずーー。