会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました

薬の効果が切れるまで後三日(2)

 マルゲリータと騎士たちは暗部の手により全員地下牢へと移動した。部屋に残っているのはレオン(クリスティアーノ)クリスティアーノ(レオン)のみ。
「行くか?」
「ああ、行こう」
 二人は頷き合うと、部屋を出た。外に立っていた騎士たちはピンピンしている様子のクリスティアーノと、いつの間にか室内にいたレオンに驚いている。そんな彼らを置いて、二人はとあるところへと向かう。
 二人が足を向けた先は国王の執務室だった。

 護衛騎士たち同様、己の息子が危篤状態だと信じていた国王は彼らの訪問に目を丸くした。けれど、二人のただならぬ様子にすぐに人払いをする。
「報告いたします」
 そう口を開いたのはクリスティアーノ、ではなくレオン。
 彼の唇から紡がれる内容は到底信じられないようなものばかりだった。
 うなり声を上げ、国王は今聞いたばかりの報告を繰り返す。

「つまりなんだ……『ヴィカーレ』を使って、クリスティアーノの専属護衛騎士部隊の隊長の中身と我が息子クリスティアーノの中身が入れ替わっている。と? 今も?」
「はい」
「しかも、それは王弟派を油断させるためで。今までクリスティアーノに送り込まれていた暗殺者の後ろにはフェルディナンドがいたと」
「はい」
「その上、クリスティアーノの婚約者であるはずのマルゲリータはフェルディナンドと通じていて。フェルディナンドを立太子させるために、クリスティアーノに『ノクターン』を飲ませようとしたと」
「はい」
「そして、今マルゲリータたちは地下牢にいると」
「はい」

 国王からの質問のすべてにクリスティアーノ(レオン)は「はい」と笑顔のみで返した。それ以外に必要ないとでも言うように。実際、すでに証拠品となるものは提出済みだ。先日ソフィアと潜入捜査をした時にとった音声や、前々から集めていた証拠品。その全ては今国王の手にある。ここまで揃えられては疑う余地もない。

「そうか。それで、当の本人はまだ捕まえてないようだが?」
「相手は一応私の叔父上ですからね。許可をもらいに来たのです。許可さえいただければ、いつでも命令ができます」
「それはつまり、あいつがどこにいるのかすでに把握しているということか」
「はい。今、叔父上はご自分の別邸で己の支持者たちとともに祝杯を上げているところですよ」

 マルゲリータが確実にやり遂げると信じている彼らは、クリスティアーノ(レオン)の言う通り勝ちを確信し、お酒を飲み、騒いでいた。しかし、その邸宅の周りはすでにクリスティアーノの指示を受けた暗部とレオンの部下数名、そしてペンネッタ伯爵家が抱える私兵によって囲まれていた。

「ふむ。首尾は完璧か。わかった許可を出そう」

 血の繋がった弟ではあるが、国王に迷いはなかった。国王なりに弟への親愛はあった。だからこそ、王位継承権を剥奪せずにおいたのだ。しかし、今回の件でその絆も消え失せた。フェルディナンドは王家の秘薬を持ち出してまで、クリスティアーノを排除しようとしたのだ。その過程も含めて、弟は王の器ではないと国王は判断した。もちろん、ひとりの父親としても許し難いことである。
 国王は息子の背中を見送りながらも己の不甲斐なさと安堵でため息をついた。彼自身がうまく対応してくれたおかげで助かったが、下手をすれば永遠に息子を失っていた可能性だってあったのだ。そして、その後始末も息子に任せることとなった。けれど、これもある意味この先に王となるのに必要なこと。と、国王は息子が背負うことになる身内殺しの重荷を想い、目を閉じた。

 フェルディナンドが捕らえられ、顔を真っ赤にして城へとやってきたのはそれから数時間後のことだった。
 これも酒の影響か。理性を失った彼からは普段の妖艶さや王族としての威厳はすっかり削げ落ち、代わりに内面の醜い部分が表面化されていた。

「おい! 離せ! 俺は次期国王だぞ。こんなことしてどうなるのかわかっているのか?! 全員処刑だぞ処刑! わかっているのか?!」

 というような言葉を繰り返し吐き続けている。牢屋番をしていた騎士もあまりのうるささに眉をしかめるほど。そんな中、クリスティアーノ(レオン)レオン(クリスティアーノ)はやってきた。
 フェルディナンドはクリスティアーノを目に捉えた瞬間、目を丸くし、声を張り上げた。

「なぜおまえが生きている!」

 それに対し、レオン(クリスティアーノ)は無表情で沈黙を貫く。
 死にかけどころか、ケガ一つ負ってない様子のクリスティアーノ。フェルディナンドは訝しげな表情を浮かべた後、ハッと声を上げた。

「まさか、マルゲリータが裏切ったのか?」
 最初に疑うのがそこか、とレオン(クリスティアーノ)は顔をしかめた。つい、口を開いてしまった。
「いいや。彼女もおまえと同じように牢屋に入ってる」

 フェルディナンドはそうかとうなずいた後、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「どうだクリス」

 名前を呼ばれたレオン(クリスティアーノ)は一瞬クリスティアーノ(レオン)を見た。が、彼は肩を竦めるだけだ。仕方なく、レオン(クリスティアーノ)がフェルディナンドに応えることにした。

「なんのことだ?」
「ふっ。強がるな。今、おまえは最悪の気分だろう? 死にたいほど辛いんじゃないのか? なにせ……私に婚約者を奪われただけでなく、リータは私のためにおまえの命を奪おうとまでしたんだからな!」
 そう言って高笑いをするフェルディナンド。しかし、レオン(クリスティアーノ)は「だから?」とでもいう表情を浮かべている。その反応に不満げにフェルディナンドは吠える。

「なんだその顔は!」
「なんだと言われても……ただの敗者を見ている顔だが?」
 レオン(クリスティアーノ)のド直球の言葉に絶句するフェルディナンド。その反応を見て、今まで黙っていたクリスティアーノ(レオン)が笑い声をあげた。

「ふふ。さすがだね」
「んだよ……」
「ううん。僕は、君のそういうところ、いいと思うよ」
 そう言うと、おもむろにクリスティアーノ(レオン)はフェルディナンドへと近づく。といっても、鉄格子越し、触れることはできない。けれど、声は十分に届く距離。そう、たとえ小声でも。

 クリスティアーノ(レオン)はフェルディナンドだけに聞こえるような声量で告げる。彼が知らない真実を。分かりやすく、丁寧に。
 いつから、クリスティアーノがフェルディナンド派の動きを把握していたのか。
 それを知ったクリスティアーノがどんな作戦を練り、なにをしたのか。
 今話しているレオンの中身が誰なのか。フェルディナンドが先ほどからクリスティアーノだと思って話しかけていた男の正体が誰なのか。
 マルゲリータとの関係も知っていたこと。蜜会をすぐ側で聞いていたこと。それだけでなく、きちんと音声記録を残したこと。それ以外にもたくさん証拠があり、そして……その全てをすでに国王に報告済みだということまで、余すことなく説明した。

 フェルディナンドの目は話が進むにつれ開いていき、最終的には時間が停止したように固まった。
 普段の彼からは考えられないような表情だ。
 しばらくして、ようやく脳が理解したのかフェルディナンドが「はははは!」と狂ったように笑い始める。レオン(クリスティアーノ)が不快気に顔をしかめる。
 フェルディナンドは好きなだけ笑った後、今度は嘲った。
「そんな拙い演技が私に通じるとでも?」
 しかし、クリスティアーノ(レオン)は一つも動じない。ただ笑みを浮かべているだけ。そう、あの何を考えているかわからない、クリスティアーノがよく浮かべている笑みを。
 その笑みを見て、フェルディナンドは固まる。

「つうかさー、こういう言葉じゃわかんないやつにはさーやっぱコレが一番だと思うんだよ……ねえ!」

 レオン(クリスティアーノ)がいきなり口を挟んだかと思えば、鉄格子を強く蹴り、片手を隙間から無理やり差し込み、フェルディナンドの襟首を鷲掴みにした。レオンの太い手ではできない芸当だ。
 そして、強引に引っ張る。すると、フェルディナンドの顔面が鉄格子の冷たい金属にガツンと叩きつけるように押し付けられた。
 息が詰まり、顔を真っ赤にするフェルディナンド。空気が入ってこない。苦しい。死ぬ。殺される。そんな言葉が脳裏に過ぎった。

 その時、救世主のようにクリスティアーノ(レオン)が制止の声をかけた。

「レオン。それ以上はダメだよ」
「ちっ。別にこれくらいいいだろ。こいつのせいで、クリスは迷惑被ってたんだろ? 俺だって入れ替わりなんてするはめになったし」
 今までのいら立ちをぶつけるように殺気をフェルディナンドへと飛ばす。フェルディナンドはハクハクと口を開閉させる。あと少しで白目をむいて気絶しそうだ。
「あ、ソフィー」
「え゛」
 慌てて殺気を消し、手を離すレオン。どさっとフェルディナンドはしりもちをついた。
「うっそ」
 とクリスティアーノ(レオン)が舌を出し、笑った。
「おまえな~」
「ははは。よし、じゃあ、そろそろソフィーのところに戻ろうか心配しているだろうし」
「ああ。って、もういいのかよ? なにか言いたいことの一つや二つあるんじゃねえの?」
 こいつにと、自信喪失しているフェルディナンドへと視線をやるが、クリスティアーノ(レオン)はあっけらかんと笑って首を横に振った。
「ないよ。もともとそんなに仲が良かったわけでもないし。この後の処理は父上に任せるつもりだから、僕の仕事はここでおしまい」
「ふーん。ならいいけどよ」
「ふふ。ありがとうね。わざわざ付き合ってくれて。僕のために」
「いや、別に……おまえのためじゃねえし……」
「またまた」
 二人でわいわい話しながら地下牢を出ていく。残されたのは、すっかり酔いも覚め、顔面蒼白となっているフェルディナンドのみ。彼の黒いズボンはレオン(クリスティアーノ)からの一睨みで濡れてしまっている。その冷たさで我に返るのはもう少し後。そのことに気づいていたクリスティアーノは牢屋番に命じて、替えのズボンを届けさせるが。それがまた、フェルディナンドの自尊心をひどく傷つけたのだった。
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