会えば喧嘩ばかりの婚約者と腹黒王子の中身が入れ替わったら、なぜか二人からアプローチされるようになりました
薬の効果が切れるまで後二日(1)
現国王の息子クリスティアーノと、その叔父フェルディナンドの王太子争いは、クリスティアーノの完全勝利で幕を閉じた。しかし、それはあくまで水面下での話。いまだ事態は公にはされていない。というより、できないのだ。フェルディナンド派に属する者たちは予想以上に多く、その根を完全に引き抜き、個々の処遇を下すには、圧倒的に時間が足りなかった。
「で、結局あいつは俺の体のまま、公務をこなす羽目になったってことだな。ふんっ」
「ざまぁみろ」とレオンは鼻で笑うと、上機嫌にティースタンドからスコーンをひったくった。大きな口を開け、一口で平らげてしまう。その野性味あふれる所作は、常に優雅で王子然としていたクリスティアーノの姿には、およそ似つかわしくない。もしここに彼の教育係がいたならば、卒倒せんばかりに嘆き悲しんだことだろう。
しかし、その中身がレオンであることを知っているソフィアとしては、「よっぽどフラストレーションが溜まっていたのね」くらいの感想しか浮かばない。もちろん、これはこの場にふたりしかいないという前提があってのことだ。そう、ソフィアは今、レオンと二人きりでいる。
ここ数日間、毎日のようにクリスティアーノと会っていた、あの部屋で。
現在、レオンの言う通り、クリスティアーノは本来の職務へと戻っている。昨日、フェルディナンドとの争いに一区切りがついたことで、二人と密に関わる側近たちに限って、この入れ替わりの事実が明かされたのだ。
その時のフィンの驚きようといったら……なかなか見ものだったらしい。一方で、勘の鋭い者たちは最近のクリスティアーノの言動にようやく合点がいったようで、一様に安堵の息を漏らしていたという。ちなみに、それに対してレオンは「おい、どういう意味だ!」とわめき散らし、クリスティアーノは「あはは」と楽しそうに笑っていたそうだ。そして、そんな両極端な反応を見せられた者たちは、「これなら……次からは(先入観さえ捨てれば)すぐに判別できそうですね」と深くうなずき合っていた。
いつもクリスティアーノと二人で過ごしていた部屋で、今日はレオンと二人。けれど、ソフィアの胸には不思議な安堵感が広がっていた。
(なぜかしら。中身がレオンってだけで……。そもそもたいして仲のいい婚約者でもなかったはずなのに)
レオンが相手だと強ばっていた肩の力が自然と抜ける。他の相手だとこうはならない。常に相手がどういう意図を持って話しているのかを考えてしまう。それは学生時代をよく知る相手、クリスでも同じだ。その理由はなんだろうと考え、ふと思い至った。
(ああ、そうだわ。それは多分……レオンがなにも考えない性格だから)
基本的に脳直結で話す彼の言葉は深い意味を持たないことが多い。それが、わかっているからこそ、ソフィアは彼と話をしている時に限っては、余計なことを考えずに済んでいる――自然体でいれるのだろう。と、そこまで考えてソフィアは首を捻る。
(でも……最近のレオンは何を考えているかわからない行動も多かったわ)
突然独占欲を沸かせたり(今までそんなこと一度もなかったのに)、婚約者だということを前面に出してきたり(婚約者という自覚はあったのね)、ソフィアとクリスティアーノの関係を疑って情緒不安定になったり……。
(言動がなんだか恋愛小説に出てくるヒーローのようね……)
となるとその相手のヒロインは必然的に自分ということになる。と、当たり前のことに気づいてソフィアは顔を真っ赤に染めた。慌てて扇を取り出し、顔を仰ぐ。それにレオンは目ざとく気付いた。
「どうした? 暑いのか?」
「い、いいえ?」
「ふーん。……ところでソフィー」
「なに?」
「ソフィーはいつからクリスの手伝いをしてたんだ? もしかして……最初から? 城に突撃してきたのも実は演技だったとか……」
「なわけないでしょ。私が知ったのは途中からよ。ていうか、王都から離れて暮らしていた私が王家の裏事情を知るわけないでしょ。クリスとそんな連絡を取り合うような仲でもないし」
「そうか」
あからさまにホッとしてみせるレオン。
「てか、それならなんで俺には教えてくれなかったんだよ」
「なんでって……だって、レオンに教えたらすぐバレちゃうじゃない」
ソフィアの言葉に「ぐっ」と言葉を詰まらせるレオン。次いで、憮然とした顔になった。
「んなことねえだろ。俺だってそれくらいの演技でき……」
「ないでしょ。黙ってることはできても、顔には出るし、態度にも出るんだから。レオンは裏表がなさすぎるのよ」
「そ、そんな言い方ねえだろっ」
「事実でしょ。しかも、今回最悪なことにレオンの部下に相手側の人間がいた。……悪いけど、レオンがそれを聞いて、隠し通せるとは思えなかったのよ。私も、クリスも。むしろ、直接問い詰めるところまで容易に想像できたわ」
ソフィアの言葉にぐうの音も出なくなったレオン。嘆息してソフィアは告げる。
「はっきり言うけど。今後も同じようなことがあったら、またクリスは同じ判断をすると思うわよ」
その一言にレオンが鋭い視線をソフィアに向ける。『どうしておまえにそんなことを言われなければならないのか』という目だ。
ソフィアは首を振った。
「勘違いしないで。別にクリスがレオンのことを信用していない、と言ってるわけじゃないから」
「じゃあ、どういうつもりだよ。あれか? お前の方がクリスのことを理解しているって言いたいのか?」
「はあ?」
見当違いの言葉に顔をしかめる。しかし、レオンは至って真面目のようだ。
ソフィアは呆れて目を細めた。
「ばっかじゃないの」
「っ! おま、事実だとしてもバカバカ言うのはどうかと思うぞ!」
「だって、意味の分からないこと言うんだもの。……ん? いや、まあ、ある意味当たっているか……」
「なんだと?!」
「いやだって……私とレオン、どっちの方がクリスと思考回路が似てるか、って聞かれたら断然私でしょ。だから、ある程度クリスの考えていることは理解できるんだし。ちなみに、これはレオンの言っている『あたしが一番クリスのこと知ってるんだから!』みたいなくだらない感情で判断したことじゃなくて、第三者視点で見たうえでの話だからね。変な勘違いしないでね」
「わ、わかってるよ! で、さっきの質問に応えろよ。どういうつもりで言ったのかっていう質問への答え」
「はいはい」
渋々、レオンにもわかるように……と頭の中で整理しながら口を開く。
「わかりやすく言うと……たとえば、いきなり私が『明日からクリスの護衛は私がするからレオンは休んでていいよ』なんて言っても、レオンは任せてはくれないでしょ?」
「当たり前だろ」
「でも、それって『私という人間』が信用できないんじゃなくて、『私の護衛としての能力』を信用してないだけよね?」
「まあ……ってそういうことか!」
「そう! つまりはそういうことなのよ」
「なるほどな~。『俺』を信用はしているけど、『俺が秘密を守れるか』については信用できないから秘密にしていたってことか」
「そう。教えていなければバレる心配もする必要はないからね。それに……それって別の意味では信用していたってことでもあるのよ」
「え?」
「狙われるのはレオンだってわかりきっていたのに知らせなかったのは、奇襲を受けてもレオンなら対処してくれるってクリスが信用していたから。実際、私もレオンなら大丈夫だろうなって思っていたし」
「っ……そっか」
目を見開き、次いで破顔するレオン。釣られてソフィアの顔もほころんだ。その表情の変化を真正面から見ていたレオンの顔が赤く染まる。
「え」と思ったソフィアだが、次の瞬間勢いよく顔を背けられてしまい、ムッと眉を寄せた。
「なに、どうしたのよ?」
「お、おまえがいきなり笑うからっ」
「え? なに? 笑ったらダメなの?」
「ダメじゃない……というかもっと笑え!」
「ええ? なにいきなり」
「だいたいなあ。なんで俺と話している時はいつもしかめっ面で、クリスと話している時は笑顔なんだよっ」
「そう……だったかしら?」
「そうだったんだよ!」
言い切られて、ソフィアは無言になった。
今までのことを思い返す。心当たりは……ある。
「でも……それってお互い様よね。レオンがいつも喧嘩ばっかり吹っ掛けてくるんだもの。そんな相手に笑顔で返すのって難しくない?」
「それは……じゃあ、なんでクリスには笑顔なんだよ」
「別にクリスだけじゃないけど……。クリスは喧嘩なんて吹っ掛けてこないからね」
続けて言う言葉がなくなったのか口を閉ざすレオン。しばらく待っていると、再び口を開いた。
「じゃあ……俺が気を付ければ、ソフィーは俺にも笑顔見せてくれるんだな?」
「え、うんまあ……」
改めて笑顔が見たいと言われ、少し恥ずかしい気持ちになるソフィア。しかし、その口ごもった様子にレオンが不安げな視線を寄越してくる。ソフィアは咳払いをしてもう一度答えた。
「すべてはレオンの態度次第よ」
「わかった。なら、気を付ける」
「え、ええ。まあ、私も気を付けるわ。私だって喧嘩ばっかりの結婚生活なんて嫌だから……って、どうしたの?」
レオンが瞬き一つせずに固まっている。
「え、あ、いや、そ、そうだな。結婚するんだもんな。俺たち」
「ええ。って、なに結婚するつもりなかったの?」
「いや、俺じゃなくてソフィーが……」
「私が?」
訝しげに問いかけると、言いづらそうにレオンは答えた。
「クリスの方がいい、って言いだすかと。クリスは婚約者がいなくなったわけだし、そのソフィーが望めば……」
だんだん尻すぼみになっていく声。
無意識にソフィアの右手は動いていた。
――――パチン!
「あ」
我に返った時はもう遅い。とはこのこと。
クリスティアーノの頬には奇麗に赤い手跡がついている。
「ご、ごめっ」
「あ、いや、俺が変なこと言ったから」
「それはそう」
一変し、目を鋭くするソフィア。レオンは瞬時に背筋を伸ばした。
「なんであんなこと言ったの? まさか、私のこと疑ってるわけ? 私が、レオンっていう婚約者がいながらクリスに走るとでも? あいにく私は浮気癖もなければ、王太子妃の地位を狙うほどの野心家でもないんだけど?」
「ご、ごめん。本当に悪かった」
「次、変なこと言ったら許さないからね」
「気を付ける。……でも、あの」
「なによ。この際だから、全部吐き出しなさいよ」
「……クリスといる時のソフィーはずっと楽しそうだったな……って。その、クリスは俺と違ってできることも多いし、なんでもスマートにこなすし。婚約者としての最低限のマナーについても知ってるし、『デート』にも詳しいし、俺よりクリスがいいって思われても仕方ないかな……と」
「そうね。クリスが婚約者の扱いに長けてるっていう点については否定しないわ」
下を向く、レオン。
「でも、だからといってそれでクリスがいいとはならないわよ。第一、私たちまだ一度も『デート』に行っていないんだから比べようもないでしょ。……元に戻ったら楽しませてくれるんでしょ? 違うの?」
「ち、違わない! 絶対楽しませてみせる!」
前傾姿勢で勢いよく宣言した彼に、ソフィアは笑みを浮かべ「楽しみにしてるわ」と返した。
「あ、ああ」
と照れたような仕草をするレオン。
「で、もう、他にはないの?」
「他……ちょっと気になってたんだけどよ。……なんでクリス呼びに戻ってんだ?」
「あー……クリスに頼まれたから、かな?」
「っ。あのやろう」
「まあまあ。クリスとしては学生時代のように接してほしかっただけで他意はないと思うわよ。あるとしたら……レオンをからかいたかったとか? っていうか、レオンがクリス呼び気にしていたことの方がびっくりよ。なに、嫉妬でもした?」
からかうように見つめれば、レオンは真顔でじっと見つめ返してきた。
「ああ」
「……え?」
「無茶苦茶嫉妬した。俺……勝手におまえの隣は永久的に俺のもんだと思い込んでたから。でも、今回の入れ替わりでそうじゃないって気づいて、違う未来を想像して……戦慄した。心底嫌だと思った。俺以外の人間……たとえばそれがクリスだったとしても、俺はソフィーの隣を渡したくねえと思った」
「レオン……」
「俺……おまえのことが好きだ。できれば、政略じゃなくて、恋愛結婚にしたい、って思ってる。ソフィーは……ソフィーは俺のこと、どう思ってる?」
まっすぐな瞳に射抜かれ、ソフィアは息を呑んだ。
「で、結局あいつは俺の体のまま、公務をこなす羽目になったってことだな。ふんっ」
「ざまぁみろ」とレオンは鼻で笑うと、上機嫌にティースタンドからスコーンをひったくった。大きな口を開け、一口で平らげてしまう。その野性味あふれる所作は、常に優雅で王子然としていたクリスティアーノの姿には、およそ似つかわしくない。もしここに彼の教育係がいたならば、卒倒せんばかりに嘆き悲しんだことだろう。
しかし、その中身がレオンであることを知っているソフィアとしては、「よっぽどフラストレーションが溜まっていたのね」くらいの感想しか浮かばない。もちろん、これはこの場にふたりしかいないという前提があってのことだ。そう、ソフィアは今、レオンと二人きりでいる。
ここ数日間、毎日のようにクリスティアーノと会っていた、あの部屋で。
現在、レオンの言う通り、クリスティアーノは本来の職務へと戻っている。昨日、フェルディナンドとの争いに一区切りがついたことで、二人と密に関わる側近たちに限って、この入れ替わりの事実が明かされたのだ。
その時のフィンの驚きようといったら……なかなか見ものだったらしい。一方で、勘の鋭い者たちは最近のクリスティアーノの言動にようやく合点がいったようで、一様に安堵の息を漏らしていたという。ちなみに、それに対してレオンは「おい、どういう意味だ!」とわめき散らし、クリスティアーノは「あはは」と楽しそうに笑っていたそうだ。そして、そんな両極端な反応を見せられた者たちは、「これなら……次からは(先入観さえ捨てれば)すぐに判別できそうですね」と深くうなずき合っていた。
いつもクリスティアーノと二人で過ごしていた部屋で、今日はレオンと二人。けれど、ソフィアの胸には不思議な安堵感が広がっていた。
(なぜかしら。中身がレオンってだけで……。そもそもたいして仲のいい婚約者でもなかったはずなのに)
レオンが相手だと強ばっていた肩の力が自然と抜ける。他の相手だとこうはならない。常に相手がどういう意図を持って話しているのかを考えてしまう。それは学生時代をよく知る相手、クリスでも同じだ。その理由はなんだろうと考え、ふと思い至った。
(ああ、そうだわ。それは多分……レオンがなにも考えない性格だから)
基本的に脳直結で話す彼の言葉は深い意味を持たないことが多い。それが、わかっているからこそ、ソフィアは彼と話をしている時に限っては、余計なことを考えずに済んでいる――自然体でいれるのだろう。と、そこまで考えてソフィアは首を捻る。
(でも……最近のレオンは何を考えているかわからない行動も多かったわ)
突然独占欲を沸かせたり(今までそんなこと一度もなかったのに)、婚約者だということを前面に出してきたり(婚約者という自覚はあったのね)、ソフィアとクリスティアーノの関係を疑って情緒不安定になったり……。
(言動がなんだか恋愛小説に出てくるヒーローのようね……)
となるとその相手のヒロインは必然的に自分ということになる。と、当たり前のことに気づいてソフィアは顔を真っ赤に染めた。慌てて扇を取り出し、顔を仰ぐ。それにレオンは目ざとく気付いた。
「どうした? 暑いのか?」
「い、いいえ?」
「ふーん。……ところでソフィー」
「なに?」
「ソフィーはいつからクリスの手伝いをしてたんだ? もしかして……最初から? 城に突撃してきたのも実は演技だったとか……」
「なわけないでしょ。私が知ったのは途中からよ。ていうか、王都から離れて暮らしていた私が王家の裏事情を知るわけないでしょ。クリスとそんな連絡を取り合うような仲でもないし」
「そうか」
あからさまにホッとしてみせるレオン。
「てか、それならなんで俺には教えてくれなかったんだよ」
「なんでって……だって、レオンに教えたらすぐバレちゃうじゃない」
ソフィアの言葉に「ぐっ」と言葉を詰まらせるレオン。次いで、憮然とした顔になった。
「んなことねえだろ。俺だってそれくらいの演技でき……」
「ないでしょ。黙ってることはできても、顔には出るし、態度にも出るんだから。レオンは裏表がなさすぎるのよ」
「そ、そんな言い方ねえだろっ」
「事実でしょ。しかも、今回最悪なことにレオンの部下に相手側の人間がいた。……悪いけど、レオンがそれを聞いて、隠し通せるとは思えなかったのよ。私も、クリスも。むしろ、直接問い詰めるところまで容易に想像できたわ」
ソフィアの言葉にぐうの音も出なくなったレオン。嘆息してソフィアは告げる。
「はっきり言うけど。今後も同じようなことがあったら、またクリスは同じ判断をすると思うわよ」
その一言にレオンが鋭い視線をソフィアに向ける。『どうしておまえにそんなことを言われなければならないのか』という目だ。
ソフィアは首を振った。
「勘違いしないで。別にクリスがレオンのことを信用していない、と言ってるわけじゃないから」
「じゃあ、どういうつもりだよ。あれか? お前の方がクリスのことを理解しているって言いたいのか?」
「はあ?」
見当違いの言葉に顔をしかめる。しかし、レオンは至って真面目のようだ。
ソフィアは呆れて目を細めた。
「ばっかじゃないの」
「っ! おま、事実だとしてもバカバカ言うのはどうかと思うぞ!」
「だって、意味の分からないこと言うんだもの。……ん? いや、まあ、ある意味当たっているか……」
「なんだと?!」
「いやだって……私とレオン、どっちの方がクリスと思考回路が似てるか、って聞かれたら断然私でしょ。だから、ある程度クリスの考えていることは理解できるんだし。ちなみに、これはレオンの言っている『あたしが一番クリスのこと知ってるんだから!』みたいなくだらない感情で判断したことじゃなくて、第三者視点で見たうえでの話だからね。変な勘違いしないでね」
「わ、わかってるよ! で、さっきの質問に応えろよ。どういうつもりで言ったのかっていう質問への答え」
「はいはい」
渋々、レオンにもわかるように……と頭の中で整理しながら口を開く。
「わかりやすく言うと……たとえば、いきなり私が『明日からクリスの護衛は私がするからレオンは休んでていいよ』なんて言っても、レオンは任せてはくれないでしょ?」
「当たり前だろ」
「でも、それって『私という人間』が信用できないんじゃなくて、『私の護衛としての能力』を信用してないだけよね?」
「まあ……ってそういうことか!」
「そう! つまりはそういうことなのよ」
「なるほどな~。『俺』を信用はしているけど、『俺が秘密を守れるか』については信用できないから秘密にしていたってことか」
「そう。教えていなければバレる心配もする必要はないからね。それに……それって別の意味では信用していたってことでもあるのよ」
「え?」
「狙われるのはレオンだってわかりきっていたのに知らせなかったのは、奇襲を受けてもレオンなら対処してくれるってクリスが信用していたから。実際、私もレオンなら大丈夫だろうなって思っていたし」
「っ……そっか」
目を見開き、次いで破顔するレオン。釣られてソフィアの顔もほころんだ。その表情の変化を真正面から見ていたレオンの顔が赤く染まる。
「え」と思ったソフィアだが、次の瞬間勢いよく顔を背けられてしまい、ムッと眉を寄せた。
「なに、どうしたのよ?」
「お、おまえがいきなり笑うからっ」
「え? なに? 笑ったらダメなの?」
「ダメじゃない……というかもっと笑え!」
「ええ? なにいきなり」
「だいたいなあ。なんで俺と話している時はいつもしかめっ面で、クリスと話している時は笑顔なんだよっ」
「そう……だったかしら?」
「そうだったんだよ!」
言い切られて、ソフィアは無言になった。
今までのことを思い返す。心当たりは……ある。
「でも……それってお互い様よね。レオンがいつも喧嘩ばっかり吹っ掛けてくるんだもの。そんな相手に笑顔で返すのって難しくない?」
「それは……じゃあ、なんでクリスには笑顔なんだよ」
「別にクリスだけじゃないけど……。クリスは喧嘩なんて吹っ掛けてこないからね」
続けて言う言葉がなくなったのか口を閉ざすレオン。しばらく待っていると、再び口を開いた。
「じゃあ……俺が気を付ければ、ソフィーは俺にも笑顔見せてくれるんだな?」
「え、うんまあ……」
改めて笑顔が見たいと言われ、少し恥ずかしい気持ちになるソフィア。しかし、その口ごもった様子にレオンが不安げな視線を寄越してくる。ソフィアは咳払いをしてもう一度答えた。
「すべてはレオンの態度次第よ」
「わかった。なら、気を付ける」
「え、ええ。まあ、私も気を付けるわ。私だって喧嘩ばっかりの結婚生活なんて嫌だから……って、どうしたの?」
レオンが瞬き一つせずに固まっている。
「え、あ、いや、そ、そうだな。結婚するんだもんな。俺たち」
「ええ。って、なに結婚するつもりなかったの?」
「いや、俺じゃなくてソフィーが……」
「私が?」
訝しげに問いかけると、言いづらそうにレオンは答えた。
「クリスの方がいい、って言いだすかと。クリスは婚約者がいなくなったわけだし、そのソフィーが望めば……」
だんだん尻すぼみになっていく声。
無意識にソフィアの右手は動いていた。
――――パチン!
「あ」
我に返った時はもう遅い。とはこのこと。
クリスティアーノの頬には奇麗に赤い手跡がついている。
「ご、ごめっ」
「あ、いや、俺が変なこと言ったから」
「それはそう」
一変し、目を鋭くするソフィア。レオンは瞬時に背筋を伸ばした。
「なんであんなこと言ったの? まさか、私のこと疑ってるわけ? 私が、レオンっていう婚約者がいながらクリスに走るとでも? あいにく私は浮気癖もなければ、王太子妃の地位を狙うほどの野心家でもないんだけど?」
「ご、ごめん。本当に悪かった」
「次、変なこと言ったら許さないからね」
「気を付ける。……でも、あの」
「なによ。この際だから、全部吐き出しなさいよ」
「……クリスといる時のソフィーはずっと楽しそうだったな……って。その、クリスは俺と違ってできることも多いし、なんでもスマートにこなすし。婚約者としての最低限のマナーについても知ってるし、『デート』にも詳しいし、俺よりクリスがいいって思われても仕方ないかな……と」
「そうね。クリスが婚約者の扱いに長けてるっていう点については否定しないわ」
下を向く、レオン。
「でも、だからといってそれでクリスがいいとはならないわよ。第一、私たちまだ一度も『デート』に行っていないんだから比べようもないでしょ。……元に戻ったら楽しませてくれるんでしょ? 違うの?」
「ち、違わない! 絶対楽しませてみせる!」
前傾姿勢で勢いよく宣言した彼に、ソフィアは笑みを浮かべ「楽しみにしてるわ」と返した。
「あ、ああ」
と照れたような仕草をするレオン。
「で、もう、他にはないの?」
「他……ちょっと気になってたんだけどよ。……なんでクリス呼びに戻ってんだ?」
「あー……クリスに頼まれたから、かな?」
「っ。あのやろう」
「まあまあ。クリスとしては学生時代のように接してほしかっただけで他意はないと思うわよ。あるとしたら……レオンをからかいたかったとか? っていうか、レオンがクリス呼び気にしていたことの方がびっくりよ。なに、嫉妬でもした?」
からかうように見つめれば、レオンは真顔でじっと見つめ返してきた。
「ああ」
「……え?」
「無茶苦茶嫉妬した。俺……勝手におまえの隣は永久的に俺のもんだと思い込んでたから。でも、今回の入れ替わりでそうじゃないって気づいて、違う未来を想像して……戦慄した。心底嫌だと思った。俺以外の人間……たとえばそれがクリスだったとしても、俺はソフィーの隣を渡したくねえと思った」
「レオン……」
「俺……おまえのことが好きだ。できれば、政略じゃなくて、恋愛結婚にしたい、って思ってる。ソフィーは……ソフィーは俺のこと、どう思ってる?」
まっすぐな瞳に射抜かれ、ソフィアは息を呑んだ。