静かなる、恋の包囲網
「よかったら、もう一軒行きませんか?」

真っすぐに塔子を見つめながら男性客はさらに身を乗り出そうとする。
もちろん塔子にその気はないが、距離を取ろうと身を引けばさらに近づいてきそうで動けなかった。

「もう、帰るので」

言外に「行きません」の意味を込めたつもりなのだが……

「そんなこと言わずに。それに、外は雨が降っているよ」
「えっ? 雨……」

定時ギリギリに後輩のミスが発覚し、指導係だからとの理由で頼まれた残業が終わったのが8時過ぎ。
その頃はまだ曇ってはいても雨は降っていなかった。
だからというわけではないが、傘を持たずに会社を出てしまった。

「ここは僕が奢るから、ねえ、いいでしょ?」

黙ってしまった塔子の反応をどう理解したのか、男性客が立ちあがる。

「それは、困ります」

会計をしようと財布を取り出した手を止めようとした塔子だったが、逆に腕をつかまれた。
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