仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~

講師の厳しい言葉に、他の新人が萎縮して視線を伏せる中、彼女だけが違った。

一言も漏らさぬと言わんばかりに食らいつき、ペンを走らせる。
そのひたむきさは、義務感で座っている俺には眩しすぎたほどで……。


極めつけは、研修の最後に行われた実践形式のロールプレイングだった。

意地悪な客役を演じる講師に対し、彼女は一瞬の迷いもなく、やわらかく、それでいて凛とした微笑みを向けた。

媚びているわけじゃない。相手をきちんと尊重しているのが伝わってくる。

これまで散々向けられてきた媚びるような笑みや、計算高い眼差しとは対極にある笑顔だった。

――こんな人間もいるのか。
それが、彼女に抱いた最初の感想だった。


中学に上がったあたりから今まで、人の顔を上手く認識できずにいたが、彼女の顔だけは不思議と鮮明に思い出すことができた。


その後も、彼女の名前はたびたび耳に入ってきた。

クレーム対応が丁寧。新人ながら周囲への気配りができる。国家要人相手にも臆せず接するほど肝が据わっている。

現場からの報告書の中に、自然と彼女の名前を探す自分がいた。


夜見家の世継ぎとしてではなく、ただ一人の人間として、彼女の瞳に映りたい。
あの笑顔を向けられたい。

死んだように生きてきた日々は、その瞬間に終わりを告げた。


社長を継ぐことに頷いたのは、親の期待に応えるためじゃない。

彼女に見合う男になりたかったからだ。
彼女が誇りを持って働ける環境をこの手で作りたかったからだ。

それから二年。
俺は文字通り死に物狂いでいくつものキャリアを積み、成果を上げ、会社のトップに上り詰めた。
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