仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~
ぼやけていた世界が急にはっきりと輪郭を取り戻す。
すらりとした長身。高貴なスーツ。それを難なく着こなす、圧倒的な気品。
目を奪われずにいるほうがおかしいレベルだ。
そんな彼は、スマホを片手に誰かと電話をしているようだった。
ロビーのソファへ腰を下ろしたかと思えば、もう片方の手でタブレットを操作し始める。
その姿があまりにも絵になっていて、思わずため息が漏れた。
エントランスや奥のロビーには、他にもまばらながら人が行き交っている。
手元で報告書をまとめつつ、その様子を眺めていると、間もなくして再びエレベーターの扉が開いた。
中からから降りてきたのはひとりの男性だった。
身長170センチほど。茶色のくせ毛。踵を強く鳴らすような歩き方。
……彼には、見覚えがある。
なんとなく目で追った矢先、彼のズボンから、ハンカチがするりと床へ落ちた。
けれど本人は気づいていないらしく、そのまま足を止めることなくロビーのほうへ……。
私は慌ててデスクを離れ、ハンカチを拾い上げた。
あとを追いかけようと顔を上げた先で、はっと息を呑む。
彼の向かう先は───よりにもよって、夜見社長が座るあのソファだった。
ちょうど電話を終えた夜見社長が、彼の気配に気づいて視線を上げる。
「いや〜夜見さん、おはようございます。先日はどうも」
親しげに歩み寄る相手に、夜見社長はわずかに眉を寄せた。────ように、見えた。