仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~
そう言って、彼は背を向けた。

その姿が見えなくなって数秒後、ようやくまともに息を吸うことができた。
走ったわけでもないのに肩で息をしているなんて、まったくおかしな話。


「成田さん、大丈夫ですか?」

隣のデスクにいる柳さんから声がかかった。

コンシェルジュデスクはフロストガラスで仕切られ、半個室のようになっている。
にもかかわらず、柳さんに私の動揺がバレバレとはどういうことか。

「大丈夫です。すみません、なんだか酸欠みたいになってしまって」

「はは。まあ無理はありませんねえ、昨晩から夜見様らしからぬ言動ばかりで、わたくしも驚きを隠せていませんから」


夜見様らしからぬ言動……?

そういえばたしかに、夜見社長はエントランスへは滅多に立ち寄らないという話だったっけ。


「夜見様があれほど誰かをお褒めになるのは非常に珍しいのです」

「柳さんまで……。そんなに持ち上げないでください」

「持ち上げているつもりはありませんよ。先ほども、夜見様は成田さんに心から感謝しておられたようですし」

「それなら嬉しいのですが……」

すると、ガラスの奥でくすりと微笑む気配がした。

「断言いたしますよ。なんせわたくしは、あの方がまだ幼かった頃から存じておりますので」

「そうだったのですか?」

「はい。それと、これはここだけの話ですが……」

ふいに、柳さんが声のトーンを落とした。
私は思わず息を詰める。


「夜見様は……統悟様は、人の顔を記憶するのが苦手でいらっしゃるのです」

「……え……」
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