仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~

人の顔を記憶するのが苦手……。

心の中で反芻しつつ、あいまいな相槌を打った。

夜見社長は大財閥の御曹司。これまで出会ってきた人の数は、私たち一般人の比じゃないほど多いはずだ。
ぱっと現れた相手の顔がすぐにわからなくても特に不思議ではないと思うのだけど……。


「“すぐには思い出せない”レベルなら、本人もそこまでの苦労はなかったのでしょうが」


私の思考を読んだかのように柳さんが呟く。

「それは、どういう……?」

「思い出せないのではなく“そもそもうまく認識できない”が正しいかもしれません」

「……つまり、相貌失認のような感じでしょうか?」

「ええ。本来のそれと比べたら軽度ではありますがね」


“相貌失認”。
名前は聞いたことがあるけれど、症状についてはうろ覚えの知識しかない。


「本来、相貌失認は脳の損傷が原因とされていますが、統悟様の場合は事情が少々異なりましてね。脳の器質的な問題ではなく、精神的な要因が影響していると考えられております」

「精神的な要因?」

「あの夜見グループのご子息ですからね。生まれた瞬間から羨望や妬み、ときには理不尽な悪意に晒される境遇にあられました」

「──っ……」

しばらく声が出なかった。
生まれてからずっと続く周囲からの風当たりの強さを、凡人の私は到底想像もできない。
それでも柳さんの言葉の重みがずしりと胸にのしかかってくる。


「たしか中学生あたり……統悟様の存在が世間に大きく知られるようになった頃からですかね。徐々に人の顔がわからなくなっていったようで 」

中学生……。まだ守られるべき時期の中で、どれほど辛い経験があったのか。
具体的に説明されなくても、悲しいことに、もう十分な説得力がある。


「それに加え、本人はあの性格ですから。非常に敵が多くていらっしゃる」


淡々と話しながらも、その表情に影が落ちているのがなんとなく想像できた。

柳さんの言う、夜見社長の“あの性格”というのを私はまだはっきりと知らないけれど。

完璧すぎる笑顔や振る舞い。あれはもしかしたら、彼の鎧のようなものなのかもしれない。
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