仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~
……この響きは、知ってる。
ゆっくりと目を開くと、雨でかすれた視界の中に、たしかに夜見社長の姿があった。
「続けても構いませんが、見世物にしては少々趣味が悪いようだ」
彼は五十嵐くんの腕を掴むわけでも、声を荒らげるわけでもなく。
ただ無機質な視線を投げて、ひどく退屈そうに告げた。
たったそれだけで五十嵐くんが怯むのがわかった。
無理もないと思う。いつも画面越しに仰ぎ見るだけだった本社のトップが、今、目の前に立っているのだ。
彼にとって、指先ひとつで自分の居場所を奪うことのできる絶対的な存在に他ならない。
彼の唇から「夜見……統悟……社長」と、名前がうわ言のようにこぼれる。
その隙を突くように、夜見社長がやさしく私の手をとった。
それから呆然と立ち尽くす彼に向かって、にこりと綺麗な笑みを浮かべる。
「あなたが手を上げようとしたこの女性が、その“夜見統悟”のものだということまでは、ご存知ありませんでしたか?」
雨音だけが世界を支配している。
五十嵐くんが何か言おうと口を開きかけると、夜見社長は冷たく視線を逸らした。
どこかぼんやりとする意識の中で、ゆっくりと手を引かれていく。
「俺の車に乗ってください。風邪が悪化する前に帰りますよ」
そんな言葉とともに、彼の脱いだジャケットが、すとんと私の肩に落ちた。
ほのかに甘い香りが鼻をかすめる。
抱きしめるようなぬくもりは、雨に濡れた冷たさを忘れさせてくれる気がした。