雨の日が苦手だった、私たちは

「朝比奈さん、すみません。電話、終わりました。いやー……本降りになってきましたね」
「本当だね。五分くらいで小雨になるみたい。傘はあるけど、ここで少し雨宿りしよっか」
「はい、その方が良いですよね」


 そうして、二人並んで道ゆく人を眺める。
 折り畳み傘をさす人、突然の雨に走り出す人、タクシーを捕まえる人——。

 こんな場面が、以前もあったことを思い出した。その時は、隣にいたのが高瀬だった。
 ふと、萌衣は思いついた言葉を若井に投げかけていた。


「……若井くんって、雨は好き? それとも嫌い?」
「え、急にどうしたんですか? そうですね……俺は好きです、雨」
「そうなんだ、どうして?」
「雨の日って、交通機関が乱れたり服が濡れたり、良いこと少ないって思うじゃないですか。でも、自宅でゆっくり過ごしたり、本を読んだりする時間に充てられるので、そういう時間も好きです」


 萌衣とも高瀬とも違う、若井らしい理由だった。
 なぜこんな質問をしたのか伝えようと思い、萌衣は「私はね……」と言葉を探し始めた。


「雨の日は好きだけど、ちょっとだけ、苦手だったんだよね」
「好きだけど苦手、ですか? なんだか不思議です」
「うん、不思議だよね」


 ザーッと降り続いていた雨が、少しずつやわらいでいく。
 数分経つと、小雨になった。傘をさして歩いても、もう問題なさそうだ。
 再び、駅に向かって歩き始めた。


「そういえば、若井くん。雨の降り始めの匂いって、名前があるの知ってる?」
「え、知らないです。名前があるんですか?」
「ペトリコールっていうんだって」
「へぇ、朝比奈さんって物知りですね」
「ううん、これは高瀬さんの受け売り」


 隣を歩く若井は「さすが、高瀬先輩は物知りだなぁ」と感心していた。
 営業部の石原と同じく、若井も高瀬を尊敬しているようだ。
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