雨の日が苦手だった、私たちは
高瀬と旅館でキスしたことや、彼のことを好きになってしまったことは言っていない。それは自分の心の奥に、そっとしまい込んだ。
萌衣は、久しぶりにたくさん涙を流した。
こんな風に人前で泣いたのは、初めてかもしれない。少し「悲しい」と感じても、涙を流すほどのことはなかった。
高瀬にキスをされて「ごめん」と言われて悲しくはなったけれど、その時も泣かなかった。きっと、自分の気持ちに鈍感になっていたのだろう。
たくさん吐き出した後はすっきりして、一度お手洗いに向かった。
鏡に映る自分は、泣き腫らした後で真っ赤になっていて、傍から見たら「何があったの……」と心配されそうなレベルだった。
個室の戸を開けようとした瞬間、私用スマホが鳴った。妹の杏奈からだ。
「もしもし、杏奈?」
『あ、お姉ちゃん、今少し大丈夫ー? あれ、外だった? なんかがやがやしてるね』
「うん、外なんだけど、少しなら大丈夫。急にどうしたの?」
『この前言ってた、両家での食事会なんだけど。あれ、再来週の土曜日でも大丈夫? もしお姉ちゃんの予定が大丈夫であれば、そこがいいなって』
「大丈夫だよ」
『おっけー。じゃあ、また詳細は連絡するね!』
電話を終え、自分が座っていた席に戻る。今の会話は、三人にも聞こえていたらしい。
「朝比奈ちゃん、何かあった? もう帰る?」
「あ、いえ、それは大丈夫なんですけど。妹がもうすぐ結婚するんです。向こうの家族と食事会をするから、再来週の土曜日に、実家に帰ってきてほしいと言われて」
「へぇ、朝比奈ちゃん、妹がいるんだね〜」
「朝比奈さん、お姉さんっぽいです。しっかりしてるし」
「そうですか? でも、『お姉ちゃんキャラ』ってよく言われます」
ふふ、と笑って返す。
こうやって、自分の気持ちをさらけ出して、受け止めてくれる同僚に恵まれるなんて……夢にも思わなかった。総務にいた頃の自分が聞いたら、驚きそうだ。
落ち込むことも多かったけれど、大丈夫。ちゃんと前に進めてる。
そう思えたのは、三人のお陰だった——。
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