雨の日が苦手だった、私たちは
『高瀬さんの営業事務って、もう何人目だ?』
『朝比奈さん、どれくらい持つかな』
『いやー高瀬ってああ見えて、結構鬼だからな』
『鬼の高瀬、って異名もあるもんね』
『29歳で最年少課長になるって噂されてるけど、事務の人が毎回すぐ辞めちゃうんじゃねぇ……』
きっと、みんな怖いのだ。
自分の言い訳が許されないことが。
普段接している分には感じないけれど、仕事となると高瀬は一切の隙を見せない。
彼の爽やかな笑顔に、少し違和感を感じた瞬間があった。その笑顔にだって、隙がなかったのだと萌衣は気づく。
「朝比奈さん、早速、高瀬くんが鬼だって感じた?」
安藤が場の雰囲気を取りなすように、萌衣に質問を投げかけた。
どうして『鬼』について聞いたのか、という問いも含まれているような気がした。
「いえ、私は高瀬さんが優しいなと思って……」
「優しい!? あの、高瀬くんが??」
驚いた三人が、身を乗り出した。
ちなみに、三人はもうご飯を食べ終えているのに、萌衣の箸は止まったままだ。
『優しい』という言葉が三人にとって意外だったのか、特に安藤と柳の目がきらきらと輝いているように見える。その話、詳しく聞かせて、と顔に書いてあった。
「はい。高瀬さんは、私にも分かるように噛み砕いて丁寧に説明してくれて、本当に優しいなと思いました。忙しいだろうに、分かりづらい箇所は何回も説明してくれましたし……」
「朝比奈さん、もしかして『優しい』のハードルが低い……?」
「あー……そうかもしれません。前にいた部署の先輩、全部丸投げで何も教えてくれなくて、自分でどうにかするしかなかったので」
「なるほど、そっか……。うん、朝比奈ちゃんなら、高瀬くん相手でも大丈夫かもしれない」
「安藤さん、ちゃっかり“朝比奈ちゃん”呼びしてる」
同じ部署の人たちと、急速に距離が縮まったランチタイム。
今までおぼろげだった高瀬の輪郭が、少しずつ形作られていく。もちろん、萌衣は『自分の目で見たもの』を信じたい。
社内の有名人・高瀬陽について、まだまだ知らないことばかりなのだから――。
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