雨の日が苦手だった、私たちは
「あぁ、東雲サエのことか。大丈夫だ、むしろ萌衣に『友達になってほしい』と言ってたぞ。名前は出してなくて、同じ部署で働いている女性と言ったんだけど」
「……陽さん、私のこと、なんて説明したんですか?」
まだ付き合っているわけではないのに、自分との関係をサエにどう説明したのか。疑問に思い、首を傾げると、陽はこれまでのことを歩きながら説明してくれた。
実家に近づくと、萌衣はある匂いを感じ取った。
雨が降る直前の、あの独特の匂いだ。
「あ、ペトリコール」
「ん? 今日、雨の予報だったか?」
「少し雨が降って、すぐ止む予報だったと思います。そういえば……」
萌衣はふと、あることを思い出す。
もうすぐ雨が降るのだから、早く家の中に入ったほうが良いと思うのに。それでも、今、ちゃんと伝えておきたいと思った。
「陽さん」
「どうした?」
柔らかな笑みが向けられ、陽の“特別”になったのだと実感する。出会った頃には想像できなかったことだ。
「……陽さんと出会った頃、初めての商談で山見さんのところに行って、帰りに雨の話になったことを覚えてますか?」
「あぁ、萌衣が『雨の日は落ち着かない』って言った時のことな」
「私、はっきり『苦手』って言える陽さんが眩しく見えました。私は自分の気持ちもはっきり説明できなくて。でも、私の“落ち着かない”も、陽さんの言う『苦手』と一緒なのかなって」
「うん、もしかしたらそうなのかもとは思ったけど……」
手は繋いだまま、陽と目が合う。
萌衣は小さく息を吸い込んでから、口を開いた。
「……私、苦手だったのは、雨の日じゃなかったんだって気づきました。雨自体は好きなんです。でも、雨の日になると揺れてしまう自分が苦手だったんだなって」
「……なるほど。落ち着かないって言ってたもんな」
「はい。確かに考えることは増えるんですけど、嫌々やっていたわけじゃないんです。でも、雨の日って心が揺れる出来事が多くて」
曇り空を見上げる。先ほどまで星屑が瞬いていたのに、今ではすっかり姿を隠していた。