雨の日が苦手だった、私たちは

 総務部にいた頃の萌衣の先輩、西が手を振って近付いてきた。

 手には資料が挟まった分厚いファイルを持っている。突然どうしたのだろうと様子を伺っていると、西は資料をずいっと萌衣に差し出した。


「朝比奈さんが残してくれた引き継ぎ、ちょーっと分かりづらい所があって」
「え!? どこですか? すみません、ご迷惑をおかけして……」
「ええっと、ここなんだけどー……ほら、この表整理とか、朝比奈さん専任みたいな感じだったじゃない?」


 こくりと頷く。その業務を担当していたのは、確かに自分だった。でも、なんとなく嫌な予感がした。
 西はいつもと変わらぬ調子で、話を続ける。


「だから私も分からなくて、部長に聞いたら『朝比奈さんに教えてもらったら?』って言われて」
「部長も、そう言ったんですか……」
「そう、私がやると今週じゃ終わらないし、朝比奈さんだったら数時間で終わるかなって。だから、今週中にさくっとやってもらえる?」
「えっ……」

(どうしよう、もう部署も違うのに……)


 萌衣は、西の高圧的な物言いが苦手だった。

 有無を言わさぬ言い方に、反論の言葉が出てこなくなってしまうのだ。それが嫌で、西に質問するよりも自分で調べて解決してきた。

 引き継ぎ内容も、もっと具体的に書くべきだったのだろうか。押し付けるように差し出された資料を受け取るべきか、少し迷ってしまう。

 ふと、高瀬の言葉を思い出した。

 
『俺は、まず自分の仕事を減らすことから考える』
 
(自分の仕事を減らす発想、か……)


 そんな風に考えたことはなかった。
 一度受け取って、足りない説明を補足して返そう。

 そう思い、資料を受け取ろうとした時、後ろから声が飛んできた。


「朝比奈!」


 振り返ると、高瀬がこちらに歩いてくる。
 もしかしたら、次の来客がエントランスに到着しているのかもしれない。


「あ、高瀬さん、ごめんなさい……」
「えーっ、国内営業部の高瀬さんじゃないですか〜! お疲れ様です、総務部の西です♡」
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