雨の日が苦手だった、私たちは

 西の威圧感が薄れ、萌衣は少し体の力が抜けた。
 高瀬は爽やかな笑顔を、西に向けている。


「西さん、お疲れ様です。うちの朝比奈に何か用ですか?」
「朝比奈さんからの引き継ぎの箇所で、分からない所があって〜。それで、」
「そうなんですね、どんな内容ですか?」


 西の言葉に被せるように、高瀬は自分の聞きたいことだけを確認する。

 彼の纏う空気がいつもと少し違う気がして、萌衣はちらと彼の顔を覗き見た。いつもの笑顔だ。でも、何かが違う……。

 なぜか、こちらの背筋が伸びてしまうような、緊張感がそこにはあった。
 西も何か感じたのか、素直に手元のファイルを開いた。


「……あぁ、この表整理だったら、関数を使えばすぐですよ。総務部の隣に、経理部がありますよね? そこに俺の同期の下島がいるので、あいつに教えておくよう頼んでおきます。
 朝比奈、下島だったら絶対に分かるよな?」


 高瀬から真っ直ぐな視線を向けられ、首がこくりと縦に動く。


「……下島さんなら、確かに分かると思います。私も前に教えてもらったので」
「ということで、この件は解決ですね」


 高瀬の言葉に、西は「えぇ……」と言葉を失う。
 こんな西の姿を初めて見た。しかし、高瀬の指摘は萌衣にも及んだ。

 
「朝比奈も。本来は総務の仕事だろ?」
「はい……でも時間がなくて困ってたみたいで」
「気持ちは分かる」
「え?」
「困っている人を見ると動きたくなるのは分かる。でも、それを続けると線引きが曖昧になる」


 高瀬と目が合う。萌衣は視線を逸らせなかった。


「責任の所在があやふやになると、最後に抱えるのは“引き受けた側”だ」


 萌衣はその言葉の意味をすぐさま理解して、胸の奥にひやりとした感覚が落ちた。否定されたわけじゃない。それでも、言葉の端がどこか痛かった——。

 西はよく分かっていないのか、きょとんとしている。高瀬が仕切り直すように、口を開いた。
 

「それじゃ、俺たちはこの後も商談があるので失礼しますね」

 
 そう言って、高瀬は萌衣の手を掴んで歩き始めた。
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