雨の日が苦手だった、私たちは

 この後のスケジュールを頭の中でなぞり、これからの動きを確認する。

 目の前の風景を眺めていた高瀬の顔が、こちらを向いた。


「朝比奈、今何考えてた?」
「え? えっと……この後来客がありますよね? お客様も雨に濡れてるだろうから、会議室の温度を上げておこうかなって」
「……すごいな、そんなこと考えてたのか。でも、そこまで朝比奈が気を回す必要あるか?」
「……なんでですかね、誰かにやらされてるとかじゃなくて……やらないと落ち着かないというか」


 合理主義の高瀬からしたら、萌衣の行動は余計な配慮に見えたのだろう。

 萌衣は小さく笑って見せた。その場が丸く収まる気がしたから。でも、高瀬の「必要あるか?」という言葉が、やけに耳に残った――。


「それより高瀬さんは、どうされました? 考えごとをしてるように見えたんですけど」


 そう尋ねると、高瀬はふっと力が抜けたように笑った。視線はこちらではなく、先ほど二人で渡った横断歩道の方を向いている。


「俺? 俺はー……この後会社に戻ったら、別のお客さんとのミーティングがあるだろ? 雨だとタクシーが捕まりにくいだろうし、どうやって戻るのが効率的か考えてた」
「そうだったんですね」
「朝比奈って、雨は嫌い? それとも、好き?」
「好きか嫌いか、ですか?」


 突然の質問に疑問はあれど、萌衣は高瀬の方を見ることなく、彼と同じように目の前を見つめながら答えた。


「んー……嫌い、ではないですね。雨の降り始めの匂いとか、雰囲気とか、好きな方だと思います。でも……なんて言ったらいいんですかね、雨の日って何だか落ち着かないんです」
「落ち着かない?」
「はい。雨の日って、考えることが増えませんか? さっきの会議室の温度もそうですけど、他にも色々とありますよね」
「なるほど、朝比奈らしいな。ちなみに、俺も雨は嫌いじゃないけど……苦手、かな」


 そう言い切る高瀬に、萌衣は「そうなんですね」と小さく呟く。

 同じ雨を見ても、感じることは人それぞれ。
 萌衣は「何だか落ち着かない」と上手く言葉にできないのに対して、高瀬は「苦手」だとはっきり言う。

 萌衣の「落ち着かない」も、高瀬の言う「苦手」と案外近いのかもしれない。

 なぜか、高瀬の言葉だけが、妙にくっきりと胸に残った――。



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