雨の日が苦手だった、私たちは

始まりは、部署異動


 目の前に映るのは、濃紺のスーツを着た広い背中。それが一人ではなく、ここにはたくさんいる。


「朝比奈さん、前にお願いします」
「はい」


 声を出せば、男性陣の視線が一気に自分に集まるのを肌で感じる。緊張して、きゅっと手を握りしめた。
 次に目に入ったのは、社員一人ひとりの顔だった。


「初めまして、本日付で総務部より異動してまいりました、朝比奈萌衣です。入社4年目ですが、営業事務は初めてです。
 皆さんにたくさん質問してしまうかもしれませんが、一日でも早く戦力になれるよう頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」


 お辞儀をすると、パチパチと拍手を送られる。
 萌衣が働く東雲商事は、自動車や精密機器といった機械の部品、その他にもさまざまな商材を扱う大手専門商社だ。

 最近は業績も好調で、営業部隊を増やしている。
 その結果、営業をサポートする人員の採用が追いつかず、社内の各部署から人をかき集めていた。
 
 入社以来ずっと総務にいた萌衣にも、今回の人員補充で白羽の矢が立った。

 突然の異動に萌衣も驚いたけれど、「やるしかない」と前向きに捉えていた。


「朝比奈さんには、営業三人の補佐についてもらうことになっている。高瀬の案件が多いから、当面は高瀬メインで良い。それじゃあ高瀬、細かいことは任せていいか?」
「はい、承知しました」


 声のする方に視線を向けると、自分より少し高い位置から爽やかな笑顔が落ちてきた。
 まるで太陽みたいだ、と不意に思った。
 けれどその目だけは、一定の温度を保っているようにも見えた。


(高瀬さんのサポートなんだ……。社内では有名な人だけど、実際はどんな人なんだろう。緊張する……)


 そんなことを考えていると、隣にいた部長が仕切り直すように声を出した。


「朝礼は以上だ。それじゃあ、今日もよろしく」


 その言葉を合図に、皆がそれぞれの持ち場へ戻っていく。その流れの中で、高瀬だけは萌衣の方へと歩み寄ってきた。
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