雨の日が苦手だった、私たちは
side高瀬陽
外回りが終わる頃には、もう辺りも暗くなっていた。人もまばらになったオフィスに戻ると、見慣れた後ろ姿――朝比奈が腕を伸ばしていた。
どうやら、長時間集中して作業をしていたようだ。
「朝比奈」
「……あ、高瀬さん。お疲れ様です。直帰しなかったんですね」
「あぁ、ちょっと今日中に対応したい案件があって。朝比奈はまだ残ってたのか?」
「はい、私もきりの良いところまでやりたくて」
「そうか、無理するなよ?」
そう言って、高瀬は自分の席に座った。
すると、隣にいた朝比奈が、「あ、そうだ」と閃いたように呟いた。デスクの上にある袋から、何かを取り出してこちらに差し出した。
「はい、どうぞ」
「え?」
「チョコレート。高瀬さん、たまに食べてますよね?」
「……え?」
先ほどから、戸惑いの声しか出ていない。
仕事で疲れた時、甘いものをこっそり食べていることはあるが、そこまで頻繁に食べないように注意している。
だから、今まで誰にもばれたことはなかったし、指摘されたこともなかった。
「……さすが、よく気づいたな」
「ふふ、本当にたまたまですよ。甘いもの好きなんですか?」
「あぁ、実はかなり甘いもの好き。酒は全く飲めないけど」
「え! そうなんですか?」
「そう、なんとなく俺のイメージが崩れそうだから、誰にも言ったことない」
社内では合理主義で通っているが、裏では「鬼」と言われていることもちゃんと知っている。
酒は飲めない。代わりに甘いものが好きだ。
——それをわざわざ、言う必要もないと思ってきた。でも、この時はなぜか、朝比奈には『本当の自分』を晒していた。
仕事終わりで疲れていたし、気が抜けていたのかもしれない。
「高瀬さん、甘党なんですね! 確かに普段のイメージとギャップはありますけど……でも、それも含めて高瀬さんですから。好きなものがあるって良いですよね」
そう言って、ふわりと笑う朝比奈が妙に印象に残った。