雨の日が苦手だった、私たちは

焦る高瀬さん、初めて見ました

 くら、と視界が揺れる。
 体勢が崩れ、咄嗟にデスクに手を伸ばした。

 宙に浮いたその手は、大きな手にがしっと掴まれていた。先ほどまでの不安定さが嘘のように、腰までしっかり支えられている。


「朝比奈!」
「高瀬さん……すみません、立ちくらみみたいで」


 つい数分前まで、萌衣は高瀬と打ち合わせをしていた。会議も終わり、会議室から自身のデスクに向かおうと立ち上がった瞬間、急に血の気が引いたのだ。

 ふら、と体が揺れた時の高瀬の反応は、驚くほど早かった。すぐさま萌衣を椅子に座るよう促し、じっとこちらを覗き込んでいる。


「朝比奈、体調が悪いなら、今日の山見さんとの会食はやめておこう」
「いえっ、行きます! 行かせてください」
「朝比奈……」


 高瀬がふう、と小さくため息をつく。
 萌衣が意外と頑固なことを、高瀬はもう知っているようだ。
 「仕方ないな」と諦めたように呟く彼を見て、萌衣はほっと胸を撫で下ろす。実際、立ちくらみは一時的なもので、本当に何も問題ないのだから。


「途中で抜けても良いから、とにかく無理だけはしないように」
「はい、分かりました」


 こくりと頷くと、高瀬の真剣な顔つきがふっと緩んだ。その後は二人でデスクに戻り、それぞれ仕事を再開した。
 少しして、コーヒーでもと給湯室に向かった時、ふと高瀬が抱き止めてくれたことを思い出してしまった。


(高瀬さんがあんなに慌てるの、初めて見た……)


 申し訳ないことをしてしまったと、心の中で反省する。それなのに、高瀬の手の温度だけが不思議と残って、胸の奥が落ち着かない。
 
 
(……しっかりしなきゃ)
 
 
 萌衣は、夜の会食をしっかり乗り切ろうと、気持ちを引き締めた——。


***


 夜になり、萌衣と高瀬はとある居酒屋に来ていた。

 小洒落た居酒屋で、外の看板には「創作和食」「美酒」の文字が並んでいる。
 今日は、YAMAMIメーカーの社長・山見からの誘いで、萌衣の歓迎会を開いてもらうことになっていた。
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