雨の日が苦手だった、私たちは
 その次に発した言葉に、萌衣は突き落とされた。


「朝比奈、今日はもう帰っていいぞ」
「え……」


 お昼と同じように、指先の感覚が遠のいていく。
 時計を見れば、終業まであと一時間半はある。帰るにはまだ早い。

 でも、高瀬の「帰っていい」という突き放すような言葉が、ぐさりと刺さって抜けそうもない。
 気づけば、目頭がじんと熱くなっていた。


(そんなに、迷惑だったかな……)
 

 でも、自分が迷惑をかけたのなら、なおさら仕事で挽回せねばと思った。


「帰りません……」
「え?」
「仕事で、挽回させてください」
「良いけど……この後も結構タスクあるけど、本当に大丈夫か?」
「はい、もちろんです」


 萌衣は再び、パソコンに向き直った。
 途中、お手洗いに行ったついでに、頭痛薬を飲んだ。頭が痛くなってきたからだ。
 でも、どうしてもやりきりたかった。


(高瀬さんの足を引っ張らないようにってずっと思ってたのに……やっぱり、今日は体調が悪かったかな……)


 これくらいで弱音を吐くわけにはいかない。社会人として当然だ。
 そう思うことで、『少し体調が悪い』くらいでは、見て見ぬふりをするようになった。もしかしたら、高瀬には気づかれていたのかもしれない。

 お手洗いの鏡越しに映る自分の顔は、いつもより影を帯びていた。


(……よし、戻ろう)


 萌衣は心の中で鼓舞してから、再び高瀬の隣の席に戻った――。


「これで一区切りだな」


 高瀬の声に、ほっとして小さく息を吐く。肩の力が抜けた途端、悪寒がしたような気がした。

 ここまでくると、流石に萌衣も『いつもより体調が悪い』と自覚する。帰る支度をしようとすると、隣にいた高瀬が「あ、」と呟いた。


「今日、社長に食事に誘われてるんだよな……早く行かないと」


 その言葉の意味を、数秒遅れで理解する。

 社長令嬢とのお見合い話が、本当かどうかは分からない。でも、それが例え嘘だとしても、社長と個別で食事に行く仲なのだ。
 遅かれ早かれ、社長令嬢とは自然と出会うのだろう。

 その事実に、胸の奥がツキンと痛む。それを振り払うように、萌衣は笑顔を作った。
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