雨の日が苦手だった、私たちは

土砂降りとキス(1)


 ——唇が、(かす)かに触れた。
 触れたかどうかも分からないほど、短いキス。
 
 外は土砂降りで、窓が揺れている。
 今いる部屋はしんとして、物音ひとつしない。

 静寂の中に閉じ込められて、二人の息遣いだけが聞こえた。

 突然重なった唇に、どんな意味があるのだろうか。萌衣は静寂に耐えきれず、恐る恐る口を開いた。


「高瀬、さん……?」


 その整った顔は、自分からキスしたというのに呆然と固まっている。

 まるで、萌衣からしてしまったかと錯覚してしまうくらいだ。
 

 萌衣と高瀬の関係が変化する時はいつも、必ずと言っていいほど雨だ。

 その変化が良い方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのか、まだ分からない。萌衣はごくりと唾を飲み込み、高瀬から何が語られるのかを待った——。


***


 遡ること、二週間前。

 萌衣は体調不良で一日休み、その翌日には元気に復帰していた。
 朝出社すると、高瀬はもう仕事を始めていた。「高瀬さん」と声をかけると、少し驚いたような顔をしていたのが印象的だった。


「朝比奈、もう大丈夫なのか?」
「はい、一日お休みをいただいてありがとうございました。もうすっかり元気になりましたので、どんどん仕事。振ってください」
「はは、一日休んだくらいじゃそんなに仕事は溜まってないから。いつも通りで良いぞ」


 そう言われて、萌衣は気づく。
 高瀬は溜まっていた仕事も、片付けてくれたのかもしれない。

 急いでパソコンを開いて、数日前に手をつけていた仕事を確認する。

 期限が昨日までのものは、もちろん高瀬が全て終わらせてくれていた。今日までのものも終わっており、もしかしたら萌衣が数日休むことを見越していたのかもしれない。


「……高瀬さん、ありがとうございます」
「ん? 何が?」
「期限が昨日と今日までの分、全部対応して下さったんですね」
「……あぁ、自分のために、な?」
「ふふ」


 突然、笑い出したものだから、高瀬は「どうした?」と小さく首を傾げた。
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