雨の日が苦手だった、私たちは
「思ってた」というその言い方に、高瀬の中で何かが変わっているのだろうなと萌衣は感じた。憶測でしかないけれど。
しん、と静かな空気に包まれる。
高瀬にどこまで踏み込んで良いのか、踏み込む権利があるのか、わからない。
ただ、本来踏み込んで良いのは自分ではなく、お見合い相手の社長令嬢なのだと思った。
萌衣は話を切り替えるように、社長の件を軽い調子で切り出した。
「そういえば、社長との会食、どうでしたか? 先日、お二人で行ってきたんですよね?」
「あぁ、朝比奈が体調を崩した日な。あれは二人じゃなくて——……」
そう言って、高瀬ははっとしたような顔をした。余計なことを言ってしまった、とでも思ったのだろうか。萌衣は務めて明るい声を出した。
「最近、高瀬さんが社長令嬢とお見合いするって噂、聞きました。もしかして、娘さんもいらっしゃったんですか?」
「……朝比奈も、その噂をもう知ってるのか」
こと、と湯呑みを机に置き、高瀬は無言で何か考えているように見えた。
社長令嬢がいたかどうか、お見合いが本当かどうか、はっきり教えてくれない。
でも、何も言わないことが、答えのように思えた。
「……高瀬さん。お弁当作るの、もうやめますね」
高瀬が驚いたような顔をしてこちらを見上げる。
遅れて「え……?」という声が聞こえた。でも、萌衣はにこりと笑顔を崩さない。この貼り付けた笑顔を崩すと、本心が溢れてしまいそうな気がした。
「なんで、急に……」
「健康管理って本来は仕事じゃないですし。私、線引きが下手なので……。だから、ちゃんとやめます」
……突き放すような言葉だっただろうか。
こんな風に、誰かを突き放すのは初めてで、加減が分からない。
でも、はっきり線引きをしないと。
二人で秘密を共有したり、休日にご飯を食べに行ったり、お弁当を作ってあげたり——とにかく、同僚というには、もうその線引きも曖昧過ぎたと思うから。
言葉を失う高瀬に、念を押すように「ね」と言って笑顔を向けた。