雨の日が苦手だった、私たちは

 感情を切り離して、人とは適切な距離を保ってきたというのに——。

 朝比奈がこちらを覗き込み、心配そうに「高瀬、さん……?」と声をかけてくる。
 はっとして口をついて出たのは、謝罪だった。

 それを受けて、朝比奈はひどく傷ついた顔をする。自分の感情もよく分からないのに、まして朝比奈はお見合いの噂まで聞いた後だというのに。


 どうすれば、といつもより回転の遅い頭で考えるも、朝比奈から告げられた言葉は残酷なものだった。


「私、今すごく、悲しいです……」
 
(俺は、なんてことをしてしまったんだ……謝るくらいなら、するなよ……)


 好きでもない男からのキスなんて、嫌に決まっている。

 もしかしたら、朝比奈は仕事を辞めてしまうかもしれない。これまでも、自分の担当になった営業事務は何人か辞めていった。もちろん、朝比奈と同じことを他の女性にしたわけじゃない。

 『仕事についてこれないなら仕方ない』くらいにしか思っていなかった。
 でも——。


(朝比奈が辞めたら……俺は、どうする)


 そこまで思い至り、苦々しい気持ちで目の前の唐揚げに箸を刺した。

 脂っこいものは苦手だと言って、朝比奈に昼食を用意してもらっていたというのに。言っていることとやっていることが、おかしくなっている。


「……朝比奈は辞めなくて助かったけど、今はほとんど若井のお世話だもんな」


 ぽつりと、頭を掠めた言葉がそのまま漏れた。
 そして、「あぁ、」と快晴の空を仰ぎ見る。
 自分の名前を表すような晴れた空。でも、心はなぜか晴れていない。


「朝比奈は、俺のことも世話してくれてたんだな……」


 新人の若井と自分では、彼女からすると同じように見えていたのかもしれない。

 今までの営業事務とは違って、強い信頼関係を築いていると思っていた。でも、それも自分の思い込みなのだろう。
 若井のデスクに向かう朝比奈の背中が、やけに遠く感じた。


「感情なんて、邪魔だと思ってたはずなんだけどな」
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