あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり
成瀬の告白




それからの日々はまさに一日千秋であった。成瀬に会いたいと思いながら過ごす一日がこんなに長いとは思わなかった。幼稚園で歌を歌ったり、外でみんなでおにごっこをしたり、楽しい時間でも夏帆の心の隙間に空虚があった。

「成瀬さんからは連絡は入らないの?」

真希の質問に夏帆は表情を暗くして頷くだけだった。

「そっかー。艦艇の演習ってスケジュールが詰まってるって聞いた。寝る暇なく夜間も演習が続くんだって。そんな現場でさ成瀬さんはパイロットだし、体調管理も大変だろうね」

「あ……本当だね」

真希に言われて夏帆は気が付いた。会えない時間、夏帆は成瀬を恋しがっていたが、成瀬は心身ともに荷重のかかる演習をこなしていることを。

「私、本当に自分中心だな……」

夏帆がぼそっと呟いた。

「仕方ないよ。誰だってあんな状況で会えなくなったらショックだって。私なら二日間は仕事休んじゃうよ」

へへっとおどけて見せる。そんな真希ををみると心配ばかりかけてはいけないなと夏帆も反省した。

「でも大丈夫。二週間たてばまた会えるしね。それを楽しみに待ってるんだ」

夏帆も頑張って笑顔を作った。

「そうだよ。帰ってきたら結婚しちゃえばいいよ。もうあなたを離さないわーってね」

「ちょっとそれは怖いよ。メロドラマの世界じゃないの」

こういう時に真希の明るさに本当に助けられる。夏帆は真希のためにも、しっかり前を向こうと決めるのだった。



夏帆がお休みの日。絶好の快晴で夏帆は久びりに家の掃除に勤しんでいた。何かに没頭していると不安なことを忘れられるから。

「シーツを洗って布団も干して。そうだ、成瀬さんの部屋を掃除機かけちゃおう」

掃除機を片手に成瀬の部屋に入った。主がいない部屋はなんだか寂しく映った。

「さあ、やっちゃいましょう」

端から丁寧に掃除機を流してゆく。デスク下をかがんで掃除をしていると、ねぶたで使ったビデオが置いてあるのに気が付いた。

「成瀬さん、お父さんにビデオ返し忘れている」

(今思えば幸せの絶頂だったな。
 たった数日前の出来事なのに遠い日に感じちゃう)

夏帆は掃除機をオフにして立てかけた。そして、あの日のねぶたをのぞいてみることにした。スイッチをONにスライドした。すると、ねぶた前に成瀬が試し撮りをしたと思われる映像が残っていた。

どうやら操作を確かめていたようだが、間違ってREC(録画)を押していたらしい。釜臥山がドーンとZOOMされたかと思えば、ひゅーんと遠ざかる。
「あれ?あれ?」と操作に戸惑う成瀬の声が入り込んでいた。一生懸命、ベストな焦点を探そうとしている映像に思わず夏帆も笑ってしまった。

するとここで女性の声が入り込んできた。

「あの……おひとりですか?」

声の方にカメラが揺れ動いた。そこには、ねぶたで見かけたあの二人組女子が瞳を輝かせて映っていた。

(あの時の女の子たちだ!)

「私たち青森市内から遊びに来たんです。よかったら一緒にみませんか?」

積極的に成瀬を誘っていた。あきらかにナンパだった。成瀬はビデオの持ち手を下げたようで地面が映し出された。しかし音声ははっきり録音されている。

「待ち合わせをしているので」
「彼女さんですか?」
「いいえ」
「友達ですか? だったら一緒に行きましょうよ」

女性の声が一気に弾んだのがわかった。しかし、成瀬の次の言葉で一気にテンションを落とすことになる。

「片想いの女性と待ち合わせなんです」

(片思いの女性って―――)

「あっ来た」

成瀬の声が聞こえて画面がブレブレになる。そう、これは夏帆を見つけて成瀬が手を振ったから。そして繋がる記憶。たしかその子たちは夏帆を睨みつけて、どこかに行ってしまった。このビデオは偶然にもあの場面のリプレイが映りこんでいたのだった。まるで成瀬から夏帆への告白ビデオレターであった。

あの時の成瀬の笑顔が夏帆の脳裏に蘇る。まぶたの裏が熱く潤ってくる。

(ねぇ…成瀬さんも私に片思いしてくれていたの?)

こんな形でそれを知るとは、嬉しいけどやっぱり成瀬の口からききたかった。ポタポタとビデオ画面に雫が落ちる。そして夏帆は我慢できずに膝から折れるようにその場に崩れてしまった。そしてテーブルに突っ伏し泣いてしまうのだった。

(成瀬さんに会いたい! すごく会いたいよ!)

(あとどれくらい待てばあなたに会える?)




「明日、船が帰港するぞ」

夏帆が父の佳孝からそう教えてもらえたのは、成瀬が出航してから二週間と一日が過ぎた時だった。夏帆にとって本当に辛い日々だった。しかし佳孝から報告を受け、夏帆の心がみるみる回復してゆくのがわかった。

(やっと、やっと成瀬さんと会える!)

夏帆は飛び跳ねたいくらい気分が高揚してくる。それだけ待ち遠しかった成瀬との再会であったのだ。

「よかったな。夏帆」
父親もすでに夏帆の心中は察していた。
「……うん。ありがとう」
自然と夏帆の口角が上がった。二週間ぶりに笑顔の表情筋を動かした気がした。それほど夏帆は嬉しくてたまらなかった。

「荷物がこの家にあるから明日もここに帰ってくるそうだ。食事の準備は夏帆ができるか」
「うんっ。任せて」

夏帆も自分の役割だと理解しているが、疲れて帰ってくる成瀬に自分の食事を提供できることが嬉しい。

(クタクタになって帰ってくるよね。胃腸に優しくて精力がつく食べ物がいいかな)

夏帆はこうやって誰かのために献立を考えるのは大好きだ。しかもその相手は成瀬なのだから胸が弾まないわけがない。誰が見ても夏帆が生き生きしているのが手に取るようにわかった。

「その調子だと明日の晩飯は豪勢になりそうだな」
「だって成瀬さんも、ほっとするような食事を食べたいでしょう? そういうの考えて作るのは楽しいもん」
「まあな。でもな一番ほっとするのはな、」
「なに?」
「夏帆、お前の笑顔なんだよ」
「―――」
夏帆が顔を真っ赤に染めた。
「ちょっとお父さん、からかってるでしょ?」
夏帆はキリっと父親を見上げる。
「しゃらくさい表現だけどよ、結局、疲れた人間が癒されるのは待ってくれてる人の笑顔なんだよな」
「笑顔が一番…そうかもね…」

父の口からこんな照れくさいセリフが出ると夏帆は恥ずかしくなる。

「艦艇の業務ってそんなに大変なの?」
「まあ、素人が思うほど楽じゃないさ。とくにパイロットなんて仕事はな、家に帰り着いたときが一番ホッとするんじゃないか」

父の顔が珍しく神妙な顔つきになる。こんな表情を作る父親の心情を、夏帆はまだ理解できていなかった。しかし幼稚園で園児と関わっている夏帆にだって”笑顔”パワーは絶大なことを知っている。園児の笑顔は何よりも活力になる。そして夏帆の笑顔だって園児には安心感を与えている。

(お父さんの言う通りだよね)

「お父さん」
なんだと佳孝が顔を夏帆に向けた。

「明日、成瀬さんが帰ってきたら笑顔で迎えようね」

そう夏帆が微笑みながら笑った。佳孝は思った、久しぶりの夏帆の笑顔だなと。それほどまで夏帆から笑顔が消えていたのかと改めて気付かされた。

「そうだな。こんなじいさんの笑顔でも成瀬は安心するかな」

佳孝も夏帆に賛同するのだった。



いよいよ成瀬が帰ってくる。早朝、夏帆のメールの着信が響いた。夏帆がベッドで寝ぼけ眼で確認すると成瀬からのメールであった。

『夏帆さん、おはようございます。
 ただいま外洋から戻ってきました。
 夜には帰れると思います』

夏帆の目が完全に開いた。こんな寝起きなのに、ただの文字なのに、成瀬からのメッセージというだけで鼓動が高鳴ってしまう。送られてきたメールはシンプルな文章だった。でもそこからわかる、成瀬の思いを感じ取る。

(外洋から…って。電波が入るようになってすぐに連絡を入れてくれたんだ)

いつ電波がつながるか、きっと成瀬は寝ずにスマホとにらめっこしてくれていただろう。夏帆はそれを想像しただけで嬉しかった。同時に会いたくて切なくて涙がこみあげそうになった。

『演習、お疲れ様でした。
 気を付けて帰ってきてください。
 待っています』

夏帆はそう返信を打った。本当は伝えたいことは山ほどあった。でも結局、一番伝えたいのはその言葉だった。


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