あなたが白制服に着替えたら、それが恋のはじまり
成瀬の想い
今日は土曜日。夏帆は朝から成瀬の部屋の布団を干して掃除をして、食材の買い出しと忙しく走り回った。
(本日のメニューは肉じゃがと茶碗蒸し!
ほっこりするのはやっぱり和食だよね)
(疲れが取れるビタミンたっぷりのフルーツも)
久しぶりに成瀬のために食事が作れる喜びに、夏帆の気持ちは最高潮に嬉しかった。
「お父さん、船はもう着いたのかな」
「そこまではわからないな」
さすがの佳孝もあきれ顔だ。
「茶碗蒸し、いつ温めようかな」
「連絡をいれたらどうだ?」
「うん……。でもいいや。帰ってきたら蒸し器に入れればいいよね」
成瀬が家に帰ってくるという安心感から夏帆はあえて連絡は入れなかった。
その安心感が今は嬉しくてたまらないのだから。
「お、帰ってきたな」
佳孝がリビングから駐車場を覗いてそういった。夏帆は待ってましたとばかりに背すじが伸びた。
「お父さん、早くっ」
そう言って佳孝の背中を押して玄関に回った。成瀬を笑顔で迎えるために。
(笑顔で、笑顔で)
夏帆は自分に呪文をかけるようにきゅっと口角を上げた。しばらく待つと、ついに玄関扉がすっと開いた。扉の向こうに白制服の成瀬が立っていた。
夏帆が恋しくて、会いたくて、たまらなかった成瀬が。
夏帆と佳孝が玄関先で待ち構えたように迎えてくれ、成瀬は頬を緩ませて笑った。
「ただいま。夏帆さん、井沢さん」
会いたかった成瀬との再会。ずっと恋しくてたまらなかった。
「ご苦労だった。疲れたろう」
先に声をかけたのは佳孝だった。
当の夏帆は成瀬の顔から眼が離せないでいた。いつものように笑ってくれた成瀬の顔。しかし夏帆は成瀬の顔にいつもはなかった影を捉えていた。
(成瀬さん、ものすごく疲れている……)
夏帆はちょっとした成瀬の変化に気が付き心が揺れた。
(駄目だ。笑顔で、笑顔で迎えないと。
ほらっ、頑張れ自分!)
「成瀬さん、お帰りなさい……」
「夏帆さん、ただいま」
一生懸命に笑ってくれる成瀬を見ると、夏帆の胸がきゅっと締め付けられた。夏帆の中で押さえていた感情が一気に押し寄せてくるのがわかった。そして目と鼻の奥がきゅうと熱く痛むのだった。
「なる…せさん…」
夏帆の言葉が切れる。口に手を当て、今にも泣きだしそうになってしまう。
「ごめんなさい…笑って…迎えようと」
そしてついに夏帆の目からはらはらと涙が流れ落ちてしまった。
(――笑顔でいたいのに)
「夏帆さん…」
成瀬は困惑した表情になった。しかし夏帆がこうなるのは必然というように何も言わずにこの状況を飲み込んだ。佳孝は空気を読み、そっとリビングへと退散する。成瀬は手荷物を置くと、夏帆の肩を自分に引き寄せた。涙があふれて止まらない夏帆は成瀬の胸におでこを付けて泣いた。
「大丈夫ですか?」
「……はい。落ち着きました」
二人はリビングのソファーに腰掛けていた。膝に置かれた夏帆の華奢な手を成瀬の大きな手が包み込んでいた。
「父と……笑って迎えようって話していたのに。私が心配かけてしまってすみません」
「いいえ。気持ちを我慢されるより、素直な反応のほうが嬉しいですよ」
「ほんとに?」
夏帆は涙目で成瀬を見上げた。成瀬は軽く微笑みで返してくれた。
「誕生日、行けなくなって夏帆さんには辛い思いをさせてしまったんです。本当にすみませんでした」
そういって成瀬は頭を下げた。夏帆は慌てて頭を左右に振る。
「謝らないで。私が成瀬さんの仕事をわかっていなかったんです。でも会えなかった時間で少しずつ受け入れることができました。多分、苦しかったのは成瀬さんのほうでしたよね」
成瀬は瞬きをせず夏帆の話を聞いていた。そして眉を下げた。
「夏帆さん、ありがとう。この仕事を理解してくれて。そこが一番の気がかりでしたから……」
たぶんこの『気がかり』というのが、居て欲しいときに一緒に居られないことなのだろう。成瀬もそのことが壁となることを知っている。だからこそ、夏帆がどんな対応をするか不安で心配であったのだ。
「私は大丈夫でしたよ。それより心配なのは成瀬さんの顔色ですよ。今日はゆっくりたっぷり寝てくださいね」
夏帆は自然と成瀬を気遣い微笑んだ。それが疲れ切った成瀬の心身に染み渡る。ただただ、隣にいるだけで安心と元気をもらえる存在。今、成瀬も改めて認識した。
一番近くに居てほしい存在だと。
「夏帆さん。もう一度、リベンジさせてもらえませんか?」
「誕生日のことですか?」
「そうです」
「…もちろんです」
「ありがとう。実は……職場の先輩に夏帆さんの話をしたらバーベキューに誘ってくれまして。夏帆さんに一緒に来てほしんです」
「一緒に⁈ 嬉しいです」
それは職場の先輩家族が残り少ない子供の夏休みのために急遽開催することになったものだった。成瀬としても先輩の妻と夏帆の交流の場になればと考えていたのだ。それは自分の仕事をより深く知ってほしいという成瀬の願いでもあったのだ。