祝福のあとで
由里は、
リビングのテーブルに紙袋を置いて、
中身を一つずつ確認し始めた。
「これと……これもだよね」
直は、
キッチンカウンターに寄りながら頷く。
「うん。
それ、律が探してたやつ」
ひかりは、
少し離れたところで、
二人のやり取りを聞いていた。
その様子は、
本当にただの用事で来ただけ、
という空気だった。
由里が、
最後の一つを袋に戻してから、
ふと思い出したように言う。
「そういえば」
直がひかりを一度だけ見つめて言った。
「この前バーに来た律って人」
「うん。
あの人、俺の兄」
ひかりは、
一瞬きょとんとして、
「えっ」
間を置かずに続ける。
「で、この人が、
その婚約者」
そう言って、
由里の方に視線を向ける。
紹介というより、
事実を並べるみたいな言い方だった。
すると由里が
一瞬だけ言葉を失ってから、
思わず声を上げた。
「ちょっと待って。
言ってなかったの!?」
「タイミングが」
直の答えは、
相変わらず簡潔だった。
由里は、
信じられないものを見るみたいに、
直を見てから、
ひかりの方を見る。
「……え、じゃあ」
少し間があって、
由里はふっと息を吐いた。
それから、
ひかりにだけ分かるくらいの調子で笑う。
「なにそれ。
すごい偶然じゃない?」
その視線は、
ほんの一瞬、
ひかりの目を確かめるみたいに留まってから、
すぐに外れた。
説明は、ない。
でも、
何を指しているのかは、
ひかりには分かった。
——あの下見の日。
——ルミエールで会ったこと。
驚きはしているけれど、
嫌な響きはなかった。
むしろ、
面白がっているみたいな声。
ひかりは、
その空気に救われる。
それから、
少しだけ照れたように笑った。
「ごめんね。
なんか、ややこしくて」
「いえ」
ひかりは首を振る。
「説明してもらえて、
よかったです」
その言葉に、
直は何も言わなかった。
ただ、
ひかりの方を一度だけ見て、
小さく頷く。
由里は、
荷物を抱え直して言う。
「じゃあ、
これで帰るね」
「うん」
玄関へ向かいながら、
由里は振り返って、
少しだけ茶化すように言った。
「ほんと、
直って大事なこと、
後出しするよね」
直は、
否定も弁解もしなかった。
ただ、
「言うなら、
今だと思った」
そう答えただけだった。
ドアが閉まる。
残った空気は、
静かで、
変に重くはなかった。
ひかりは、
胸の奥で、
ゆっくり理解する。
この人は、
隠していたわけじゃない。
ただ、
ちゃんと順番を選んでいただけだ。
そして今、
その順番の中に、
自分がいる。
ひかりは、
その事実を、
そっと受け取った。