Toxic・Romance
仕事の話は淡々と進んだ。資料を広げて、進行中の案件について簡単に確認をする。話している内容はいつも通りで、言葉も淀みなく出てくるのに、どこかで自分の足が床についていないような感覚があった。
「――ここは、この表現で進めますね」
「了解」
キーボードを打つ音が止まり、ふいに静寂が落ちる。
「……月島さん」
ゆるやかなトーンで名前を呼ばれて、肩がわずかに跳ねた。何も言わずに顔をあげる。彼の切れ長の瞳が仕事のそれとはちがい、やさしさを帯びた。
「なにかあった?」
やわらかく見抜かれて、言葉につまる。そんな顔をしていたのだろうか。自覚はない。でも、否定するのも、理由を説明するのも、どちらも同じくらいむずかしかった。
果音のこと、片桐さんのこと、ユキと呼ばれた知らない人のこと。答えを聞くのはもっと困難だ。
「い、いえ……実は、推し力士の白鷺丸が、黒星続きでですね……」
言った瞬間、自分でも分かるくらい、その嘘は軽かった。軽すぎて浮いている。泣きたい。恥ずかしくて顔が熱かった。
「……すみません、もどります!失礼しました!」
「……は?」
「また、チャットで!」
それらを隠すように、私はいそいで荷物を片づけて、逃げるように青藍PRのオフィスを後にした。