Toxic・Romance
「……はあ、やだなあ」
AInueのオフィスまで降り、トイレに駆け込むと個室でため息を落とした。
『愛しのユキちゃん』
それが誰を示すのかわからない。冗談を言うときのトーンだったのか、それとも本当なのか。
──「(不確定な情報を鵜呑みにしない、それに、左右されない!)」
答えを聞きたくない時、聞けない時、いつだって私は逃げたくなる。そして自己都合ないいわけを寄せ集めて、脆い理由を盾に、弱い自分をまもる。
こんな顔で果音とは会えないし、よこしまな考えを持つなんて、あんなふうに真摯に仕事へ向き合っている片桐さんにも失礼だった。
パチンと頬を叩いて、いちどデスクに戻り、もう一度トイレへ駆け込み、メイクポーチを開いた。
くるんとカールしたまつ毛を人差し指に乗せて整え、くちびるにはモーヴピンクの口紅を引いて、胸元でふわりと波打ったあわい茶色の髪にほんのりと甘い香りを振った。
可愛いはいつでも女の子の武器だって、教えてくれたのは果音だった。
「夕結〜!ひさしぶり、会いたかったあ〜!」
「果音〜!本当に久しぶりだね」
待ち合わせたカフェで、果音は昔とほとんど変わらない笑顔を浮かべていた。少し髪が伸びて、服の雰囲気が大人びただけで、声も、笑い方も、記憶のままだった。