Toxic・Romance
「あ、スマホ忘れてる」
すると片桐さんは窓を下げ不手際を知らせるから、あわてて駆け寄る。彼の手には確かに私のスマホがあった。
「え……!?あ、ごめんなさい」
あわてて駆け寄ってスマホを受け取ろうとした私の手を、片桐さんは優しく掴んだ。
「ちょうどいい。俺も言いたかったから」
優しい笑顔を向けられるのは、恋人の特権。
「何をですか?」
首を傾げると、彼の笑顔に柔らかさがいっとうプラスされる。
「おやすみ」
何気ないこと。おやすみを言える相手がいることは、普遍的だけど贅沢だ。
致死量という言葉がある。本来はその人が耐えられる限界を超えた瞬間の量のことだ。恋にも当てはまる。好きという感情が器からあふれてしまう瞬間。
最初は目が合うだけ。名前を呼ばれるたび、優しくされるたび。気づかないうちに体の奥に溜まっていく感情は、簡単に心の許容量を超えてしまう。
好きで、苦しくて、触れられない距離がつらくて、でも離れたくなくて、世界の中心がその人になる。
おそらくそれが恋の致死量。
それはなにも本当に死ぬわけじゃなくって、これまでの自分が死ぬのだ。
強がっていた自分も、一人で平気だった自分も、全部上書きされて新しい自分が始まる。
超えてしまったらもう戻れないけど、超えなければ見えない景色が広がっている。