Toxic・Romance

「(………………馨?)」


 聞き慣れた名前だった。いや、見慣れた名前、の方が近い。

 彼は一瞬だけ視線をそちらに向けた。

 声の主は先程まで喫煙所にいた人だった。その人はこちらに一歩近づきかけて、私の存在に気づいたのか、言葉を飲み込んだように見える。

 視線が、私と彼のあいだを行き来する。

「あ……悪い」

 躊躇いが、ほんの一拍。

「急ぎ?」と、馨と呼ばれた人が軽く尋ねると「いや、後でいいや。またあとでな」と、それだけ言って、同僚らしき人物は足早に去っていった。

「(カタギリ、カオル。カオル……)」

 残されたのは、妙に張りつめた沈黙。何も言えずに黙り込んでは、何度か名前を咀嚼する。

「……偶然、同じ名前だね?」

 それはまるで、答えを知っている人間の表情だった。

 胸の奥で、嫌な予感が音を立てる。けれど私はなんとか笑顔を貼りつけた。

「……あの、遅ればせながらで恐縮ですが、今後のためにも名刺交換させていただいてもよろしいでしょうか」

 伺うように尋ねると、その人は「ああ、名刺ね」と言って、胸ポケットから名刺入れを取り出した。
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