Toxic・Romance
居酒屋を出る頃には、私の中に元々存在していた片桐馨というひとへの警戒心は、カシスオレンジがすっかり薄めていた。
奢ると言ったのは私なのに「後輩に奢らせる先輩がどこにいるんだよ」という理由で、私には奢らせてくれなかった。
それからタクシーに乗り込んで、お開き……という理想的な展開にはならず、彼が予約したというホテルの部屋へ案内された。
地上30階。たどり着いた部屋はラグジュアリーで広々としていた。片桐さんはスマホとタバコをテーブルに置くと、それから手首の腕時計を取った。
「荷物、預かるよ」
片桐さんは連絡事項を伝えるように、平坦な声で手を差し伸べた。
ほんの数時間前まで、世界で一番苦手な人、だったはずなのに。居酒屋でたった二時間言葉を交わしただけで、私はこの片桐馨という男に毒気を抜かれ、安心感さえ抱いていたと思う。
「あ、はい。お願いします……」
素直にバッグを差し出した、その瞬間だった。
差し出した手首を強い力で引き寄せられ、甘い香りが近寄る。そのまま視界が大きく揺れるのを、覚束無い思考回路でなんとか理解した。
「えっ、」
抗う間もなく、背中に白いシーツの柔らかい感触が走る。
仰向けに倒れ込んだ私の視界を、彼の整ったシルエットが塞いだ。