Toxic・Romance


 彼は独り言のようにそうつぶやくと、短く「おいで」と私を呼んだ。促されるままに半歩、正座したまま近づくと、彼の両腕に捕まって、唇に柔らかいものが触れる。

「ごめんね、怖がらせた?」

 彼の声はいつだってりんかくがまあるくて、溶けちゃいそう。

「や、大丈夫です」

「そ。でも、曲がりなりにも大事にしてきたものを、雑に扱っていいなんて男に言っちゃだめだよ」

「そう、なんですか」

 もう一度、軽いキス。それは前戯のためと言うよりも、なにかを確かめるような。今日初めて触れた彼の体温の中で、最も優しく、静かな口付けだった。

 言わなかったのは私で、片桐さんに責任はないのに……。

 唇を離した彼は私の前髪をゆっくりと指先で梳いた。その笑顔は不意に、意地悪な形を描く。

「まあ、そのうち俺がもらうけど」

 まるで、所有権を主張をされているかのように聞こえた。そしてそれはあながち間違いではない。

 秘密を握っているのは片桐さんで、私は彼に従うしかないのだから。

「め、面倒でしょうし、やめていただいて大丈夫ですよ!?」

「ふは」

 今日初めて見る、毒のない、気の抜けた笑顔。  その表情に、私の心臓がまた一つ、予定外の鼓動を打つ。身体中に分散していた熱が頬に集ったみたいに、顔が熱い。
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