【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
これ以上立ち話はさせられない、というクラヴィルの主張で場所をガゼボに移したステイシーは、雨が降らなくなった空を見上げる。
すっかり漆黒に染まったそこには丸い月が静かに浮かぶ。
ナチにあの家から連れ出された時もこんな静かな夜だった。
「ステイシー?」
ぼんやりと空を眺めていたら、心配そうな視線を向けるクラヴィルと目が合った。
「大丈夫です。ただ、昔のことを自分の口から話したことがなくて、どう……言えばいいのかなって」
いつも噛みそうなくらい長いセリフをすらすらと話すステイシーとは違い、ぽつりぽつりと搾り出すように言葉を探す。
彼女の中でそれはまだ折り合いのついていない出来事で、取り扱いが難しいのだろうと察したクラヴィルは、席を立つとステイシーの隣に座り直した。
「クラヴィル様?」
「俺は壁だ」
「はい?」
クラヴィルの突然の壁宣言に首を傾げたステイシーに、
「ので、何を言っても大丈夫だ。その……聞いているが、壁だから!」
なお壁宣言を続ける。
どうやら気を使われているらしい。
「ふっ、ふふっ……あははっ! こ、こんな豪華な壁……見たことないっ!!」
肩を震わせひとしきり笑ったステイシーは、
「私……クラヴィル様の……そういう、突拍子のないとこ……好きですよ」
面白すぎる、と笑いすぎて浮かんだ涙を指で拭いながらそう返し、トンッとクラヴィルに寄りかかる。
「ステイシー?」
「"壁"なら寄りかかってもいいですよね?」
まだ笑いを噛み殺せていないステイシーの横顔を見て、全然大丈夫じゃなさそうだと思ったクラヴィルは手を伸ばしてステイシーの頭を寄りかからせると、
「壁だから」
別に構わないと了承する。
「重くないですか?」
「壁だし。が、君は軽すぎて心配になる」
すぐそばで感じるクラヴィルの体温。それはとても心地よく安心できて、ほっと気が緩む。
そして改めて思う。クラヴィルが好きだ、と。
「……生粋のお嬢様ほど軽くはないですよ」
健康です、と言葉を静かに返したステイシーは、
「私の実母は、それこそ心配になるほど線の細い人でした」
私とは違って、とステイシーは目を閉じて彼女を思い浮かべる。
『ああ、なんて醜いの。まるで枯葉じゃない』
どれだけ記憶をさらっても。
『ああ、可哀想に。こんな目立たない色なんて』
思い出せるのはいつも泣いている姿で。
『きっと誰にも愛されない』
ごめんなさい、と彼女はうわ言のように謝るのだった。
「6歳でエルネア伯爵家に引き取られるまで、とある貴族の邸宅の離れに彼女…‥実母と二人で暮らしていました。離れ、といってもクラヴィル様が用意してくれたような立派な住まいではなくて、下級使用人が暮らすようなところでしたけど」
それでも雨風が凌げて水回りがしっかりしていただけマシだったと思う。使用人以下の扱いを受けていたあの家では、食べ物の確保にも苦労したから。
「彼女はとても綺麗な人でした。柔らかく繊細な金色の髪と湖のような澄んだ碧眼を持つ、絵本の中のお姫さまみたいに綺麗な人」
まるで絵画から抜け出してきたかのような美しい末娘。それがステイシーの実母だった。
その価値は高く、高位貴族からも求婚されるその末娘は両親の自慢で、家族みんなから溺愛されていた。とある魔術師と駆け落ちするまでは。
方々手を尽くしても末娘は見つからず、その家では火を失ったかのように影が落ちた。
そうして2年の歳月が流れた後、身分を捨て行方をくらませていた末娘が突然実家に戻って来た。
絹糸のようなブロンドの髪は傷み、陶器のような肌はくすんで、指先は荒れていたけれど、湖のような澄んだ青い目はそのままで、間違いようがなくそれは探し求めた最愛の末娘だった。
「こんな変わり果てた姿、誰かに見られてはいけない、と。彼女はすぐに離れに幽閉されました」
使用人に世話をされ磨かれたおかげで、半年経つ頃には彼女は以前と変わらない美しさを取り戻していた。
子を腹に宿していなければ、だが。
「あえて伏せていたそうです。きっと生まれてくれば受け入れてくれる、と」
そして、彼女の目論見は外れた。生まれた子は母に似ず、地味な茶色の髪と目を持って生まれたからだ。
「あの家では"美しさ"が絶対的な価値を持っていました」
彼女は一際美しかったけれど、あの家の全員が輝くような金や銀色の髪で、目も碧眼か翡翠眼。どれもこの国で好まれる色をしていて、容姿端麗。だからこそ、地味な色を持って生まれたステイシーの存在は認められなかった。
「家名を名乗ることは許されず、戸籍すら届出てもらえない。あの家で、私はただのステイシーでした」
給金は支払われなかったが、生きて行くには使用人に混じって働く以外になかった。
とはいえ、あの家の人達の視界に入れば、怒鳴られ、嫌がらせを受けるので、下働きのさらに下受けのような仕事をするしかなかったけれど。
「離れを追い出されないためにどんなことでもしました」
そこでは"美しくあること"が彼女の仕事だった。時折、当主の命令で彼女は離れから連れ出される。そんな夜は本邸で大きな夜会があって、人手が足らないとステイシーも裏で働かされた。
華やかな表舞台。綺麗に着飾りゲストを持て成す彼女に誰もが目を止め、さまざまな視線を送っていたのを覚えている。
まるで別の世界の人。お母様と呼ぶことすらできない彼女はステイシーにとって、とても遠い存在だった。
だというのに、彼女はなぜかいつまでも離れでステイシーと暮らしていた。子の存在を隠すために使用人すら退けられたその家で、窓際に座ってぼんやり外を眺めながら彼女はいつも誰かを待っていた。
そして言うのだ。
『雨が降ればいいのに』と。
すっかり漆黒に染まったそこには丸い月が静かに浮かぶ。
ナチにあの家から連れ出された時もこんな静かな夜だった。
「ステイシー?」
ぼんやりと空を眺めていたら、心配そうな視線を向けるクラヴィルと目が合った。
「大丈夫です。ただ、昔のことを自分の口から話したことがなくて、どう……言えばいいのかなって」
いつも噛みそうなくらい長いセリフをすらすらと話すステイシーとは違い、ぽつりぽつりと搾り出すように言葉を探す。
彼女の中でそれはまだ折り合いのついていない出来事で、取り扱いが難しいのだろうと察したクラヴィルは、席を立つとステイシーの隣に座り直した。
「クラヴィル様?」
「俺は壁だ」
「はい?」
クラヴィルの突然の壁宣言に首を傾げたステイシーに、
「ので、何を言っても大丈夫だ。その……聞いているが、壁だから!」
なお壁宣言を続ける。
どうやら気を使われているらしい。
「ふっ、ふふっ……あははっ! こ、こんな豪華な壁……見たことないっ!!」
肩を震わせひとしきり笑ったステイシーは、
「私……クラヴィル様の……そういう、突拍子のないとこ……好きですよ」
面白すぎる、と笑いすぎて浮かんだ涙を指で拭いながらそう返し、トンッとクラヴィルに寄りかかる。
「ステイシー?」
「"壁"なら寄りかかってもいいですよね?」
まだ笑いを噛み殺せていないステイシーの横顔を見て、全然大丈夫じゃなさそうだと思ったクラヴィルは手を伸ばしてステイシーの頭を寄りかからせると、
「壁だから」
別に構わないと了承する。
「重くないですか?」
「壁だし。が、君は軽すぎて心配になる」
すぐそばで感じるクラヴィルの体温。それはとても心地よく安心できて、ほっと気が緩む。
そして改めて思う。クラヴィルが好きだ、と。
「……生粋のお嬢様ほど軽くはないですよ」
健康です、と言葉を静かに返したステイシーは、
「私の実母は、それこそ心配になるほど線の細い人でした」
私とは違って、とステイシーは目を閉じて彼女を思い浮かべる。
『ああ、なんて醜いの。まるで枯葉じゃない』
どれだけ記憶をさらっても。
『ああ、可哀想に。こんな目立たない色なんて』
思い出せるのはいつも泣いている姿で。
『きっと誰にも愛されない』
ごめんなさい、と彼女はうわ言のように謝るのだった。
「6歳でエルネア伯爵家に引き取られるまで、とある貴族の邸宅の離れに彼女…‥実母と二人で暮らしていました。離れ、といってもクラヴィル様が用意してくれたような立派な住まいではなくて、下級使用人が暮らすようなところでしたけど」
それでも雨風が凌げて水回りがしっかりしていただけマシだったと思う。使用人以下の扱いを受けていたあの家では、食べ物の確保にも苦労したから。
「彼女はとても綺麗な人でした。柔らかく繊細な金色の髪と湖のような澄んだ碧眼を持つ、絵本の中のお姫さまみたいに綺麗な人」
まるで絵画から抜け出してきたかのような美しい末娘。それがステイシーの実母だった。
その価値は高く、高位貴族からも求婚されるその末娘は両親の自慢で、家族みんなから溺愛されていた。とある魔術師と駆け落ちするまでは。
方々手を尽くしても末娘は見つからず、その家では火を失ったかのように影が落ちた。
そうして2年の歳月が流れた後、身分を捨て行方をくらませていた末娘が突然実家に戻って来た。
絹糸のようなブロンドの髪は傷み、陶器のような肌はくすんで、指先は荒れていたけれど、湖のような澄んだ青い目はそのままで、間違いようがなくそれは探し求めた最愛の末娘だった。
「こんな変わり果てた姿、誰かに見られてはいけない、と。彼女はすぐに離れに幽閉されました」
使用人に世話をされ磨かれたおかげで、半年経つ頃には彼女は以前と変わらない美しさを取り戻していた。
子を腹に宿していなければ、だが。
「あえて伏せていたそうです。きっと生まれてくれば受け入れてくれる、と」
そして、彼女の目論見は外れた。生まれた子は母に似ず、地味な茶色の髪と目を持って生まれたからだ。
「あの家では"美しさ"が絶対的な価値を持っていました」
彼女は一際美しかったけれど、あの家の全員が輝くような金や銀色の髪で、目も碧眼か翡翠眼。どれもこの国で好まれる色をしていて、容姿端麗。だからこそ、地味な色を持って生まれたステイシーの存在は認められなかった。
「家名を名乗ることは許されず、戸籍すら届出てもらえない。あの家で、私はただのステイシーでした」
給金は支払われなかったが、生きて行くには使用人に混じって働く以外になかった。
とはいえ、あの家の人達の視界に入れば、怒鳴られ、嫌がらせを受けるので、下働きのさらに下受けのような仕事をするしかなかったけれど。
「離れを追い出されないためにどんなことでもしました」
そこでは"美しくあること"が彼女の仕事だった。時折、当主の命令で彼女は離れから連れ出される。そんな夜は本邸で大きな夜会があって、人手が足らないとステイシーも裏で働かされた。
華やかな表舞台。綺麗に着飾りゲストを持て成す彼女に誰もが目を止め、さまざまな視線を送っていたのを覚えている。
まるで別の世界の人。お母様と呼ぶことすらできない彼女はステイシーにとって、とても遠い存在だった。
だというのに、彼女はなぜかいつまでも離れでステイシーと暮らしていた。子の存在を隠すために使用人すら退けられたその家で、窓際に座ってぼんやり外を眺めながら彼女はいつも誰かを待っていた。
そして言うのだ。
『雨が降ればいいのに』と。