【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。

「……はっ?」

 どういう事だと首を傾げるクラヴィルに、

「だってほら、旦那さまって陽キャにみせかせた隠キャですし。恋物語を語るには経験値もないに等しいですし。そもそも数多の乙女からのアプローチを躱すことすらできず逃げまくって来たコミュ力底辺さんが、一体何をどう考察して結論を導き出そうとなさってるので?」

 解析班舐めてます? とジト目でクラヴィルに盛大にダメ出しをするステイシー。

「……君はすぐそうやって、ズケズケと!」

 と、いうクラヴィルの反撃は、

「だって、オブラートに包んだら旦那さまには伝わらないじゃないですか。なので、あえて溶かしておきました!」

 ドヤ顔で言い切るステイシーに一蹴される。
 先程までのしんみりした雰囲気はぶち壊し。でも、これが私達らしいとステイシーは笑みをこぼす。

「旦那さまは素直に物事を受け止め過ぎなのです」

 まぁ、素直が旦那さまの美点ですが、と大袈裟にため息をつき肩をすくめたステイシーは、

「記録水晶が映し出したということは実際に起きた出来事なのでしょう。が、それが真実だとは限らないではないですか」

 こちらを見つめる濃紺の瞳を真っ直ぐ見返して、

「記録水晶では、心の中までは映し出せませんよ」

 クラヴィルを諭すように言葉を紡ぐ。

「確かに恋は盲目と言いますし、それに振り回された人は感情を上手くコントロールできなくなるかもしれません」

 嫉妬に纏わる話は上げ出したらキリがないし、フィクションでなければそれはただの悲劇でしかないけれど。

「でも、切り取ったその一場面だけで、全ての物語を不幸だと読み解くのは早計ですわ」

 そう言ったステイシーは先ほど受け取った細い銀木犀の枝をクラヴィルの目の前に突きつけた。

「旦那さまは銀木犀の花言葉をご存知?」

「花言葉?」

「初恋、高潔、あなたの気を引きたい。あと唯一の恋と言うのもありましたね」

「はっ?」

 銀木犀の花の言葉を知り、濃紺の瞳を何度も瞬かせたクラヴィルに、

「旦那さまのお父様はずいぶん情熱的ではありませんか?」

 ステイシーはにやにやと笑いかける。

「いや、だが父がそんな話を知っていたとは」

「私、ティアと交流を深める前はあまり花言葉に詳しくなかったのですけれど。この国の王女様は植物とそこにまつわる花言葉を覚えるのは必須科目だそうですよ」

 植物は毒の材料にもなり得る。また、花言葉をなぞらえてこっそり指示を出すこともあるので、王女とその側近は必ず覚えておかないといけないものなのだそうだ。
 という事は当然、王妹であったクラヴィルの母も花言葉には熟知していたわけで。

「グレゴリーに聞きました。この屋敷の図書室に植物図鑑が多いのも、花言葉にまつわる蔵書が多いのも全て先代の公爵様の指示で増やしたからだそうです」

 それは、領地の経営や騎士の仕事に関係ない蔵書に今まで手を伸ばしてこなかったクラヴィルが知らなかった屋敷の図書室事情。

「それから、私が使わせていただいている離れももとは先代公爵様がわざわざ建てられたそうですね。あの離れの上階テラスからだと庭園の花が一望できますから」

 雨の日でも濡れることがないようにと凝った作りをしているテラスは備え付けの家具も含めてずいぶんと手がかかっている。

「離れに来ない旦那さまはご存じないかもしれませんが、廊下に飾られてある絵も先代公爵様が手配したのだとか。その絵を飾る額縁のモチーフには必ず花の彫り物が入っています。全部、愛を意味する花言葉を持つ花が」

 どれも騎士の仕事とは無縁のものばかり。父は花言葉を知っていたというのだろうか?
 父が剣を握っている姿しか知らないクラヴィルにとって、花言葉を調べるために本をめくる父の姿は想像できないが。

「偶然、は何度も起こりません。旦那さまのお話を聞く限り、先代公爵様は関心のない相手のために心や時間を割くタイプには思えませんわ。口下手なところは旦那さまそっくりですね」

 そう言われてクラヴィルははっとする。さして興味もない恋物語が綴られたステイシーの蔵書。忙しい合間を縫って、わざわざそれらを読んだのは、目の前にいる彼女の関心を引きたかったからだ、と。

「そして、先代公爵夫人である旦那さまのお母様はそれを受け取れる人だった。だから、当主がいつお戻りになってもいいように公爵家を万全な状態に整えていらしたのですよ」

 ステイシーは想いを馳せるように銀木犀の香りを吸い込むと、柔らかく微笑む。

「あんなに事細かに女主人の役割やヘイリス公爵家と他家との関係がまとめられた手記がなければ、旦那さまもいらっしゃらないこの家で女主人の権限だけ渡された私は途方にくれていたと思いますわ」

 グレゴリーから渡された手記。それの元の持ち主は先代公爵夫人。彼女は随分勤勉だったようで、その情報はかなりステイシーを助けてくれた。

「何も言葉だけが"愛"を伝える手段では無いのです。まぁ、言葉も大事ではありますが」

 クスリと笑ったステイシーは、クラヴィルの手を取るとそこに銀木犀の花を載せる。

「確かめようがないですが、お母様はそれなりに忙しく、そして楽しくお父様のことを待っていたのかもしれませんよ? 屋敷中に散りばめられた沢山の愛のメッセージを探しながら」

 受け取った花に視線を落とし、クラヴィルはじっと考える。
 父と母について、本当のところは分からない。だけど、ステイシーの言う通りならいいのにと思う。
 それと同時にクラヴィルの心にこびりついていた重苦しい黒い影が、いつのまにかすっかり形を潜めていることに気がついた。

「で、ステイシーがいう"考えるな。感じろ!!"ってなんなんだ」

「旦那さまは考えて答えが出せるタイプじゃなさそうなので、直感でいけばいいんじゃないですか? ってことですよ」

 ああ、と軽く手をポンッと叩いたステイシーは、

「恋愛的な意味で好きかどうか知りたいなら、もういっそのことキスの一つでもしてみたらいいんじゃないですか?」

 と、豪速球でとんでもない発言を投げつける。

「はっ!? って、絶対ダメだろ」

「まぁ、相手の意向は無視しちゃダメですし、誰彼構わず粉かけるのもアウトですけど。そもそも旦那さまの場合、ダメな相手なら想像しただけで身体が拒否りそうですし」

 考えるだけなら誰にも迷惑かからないと冗談めかして終わるはずだったステイシーの軽口は、

「いいのか? 触れても」

 クラヴィルの声に遮られて消える。

「えっ!? えぇー」

 ステイシーの視界は真剣な色をした濃紺の瞳しか映さなくなり、クラヴィルの綺麗な長い指がそっとステイシーの唇をなぞる。
 クラヴィルと書類上夫婦になって、もうすぐ1年。吐息がかかるほど近い距離は初めてで、心臓が壊れるんじゃないかと思うほど早くなる。

「嫌なら、やめる」

 目を逸らさないくせに、ここで選択権を渡すのかと苦笑して、それでも強引にことを進めずじっとまっているのがクラヴィルらしいと思ったステイシーは、

「嫌じゃ、ないです」

 そう答えて栗色の目を閉じた。
 頬に手が添えられ柔らかな感触が重なり、ゆっくりと離れる。
 目を開ければ、そこにはステイシーをじっと見つめるクラヴィルがいた。

「その……ええーっと」

 こういう時、何と声をかけるべきなのか? さすがにキスは初めてなのでその後の対処方法なんて知るはずもなく。
 見つめられることに耐えきれず目を逸らそうとしたステイシーは、そのまま引き寄せられ気づけばクラヴィルの膝の上にいた。

「もう一回、してもいいか?」

 ステイシーの逃げ場をなくした状態でクラヴィルはそう尋ねる。
 クラヴィルの濃紺の瞳は熱っぽく、言葉より雄弁に彼の心情を反映していた。
 クラヴィルの色香に当てられて、自分でも頬が上気しているのが分かる。これだけ密着していればうるさいほど鳴る心音はきっとクラヴィルにも伝わっているだろう。
 ステイシーがこくりと頷いたのを確認してから、

「嫌なら殴っていい」

 クラヴィルはステイシーと再び唇を重ねた。
 キスは"もう一回"で終わることはなく、何度も何度もクラヴィルから求められ、重なるたびに角度を変え深く長くなっていく。
 キスに応えるだけで精一杯のステイシーはもう何も考えられなくて。ただクラヴィルへの気持ちだけが募っていく。

「まっ……旦那……さま。これ以上……はぁ」

 すっかり力が抜け、クラヴィルに身を預けたまま弱々しくそう呼んだステイシーの耳にリップ音を響かせたクラヴィルは、

「名前」

 ステイシーの耳元で短く強請る。

「……クラ……ヴィル様」

 色っぽく上気したステイシーに上目遣いで名を呼ばれた途端、クラヴィルから理性が消えた。

「ふっ……はぁ……ん」

 ステイシーから漏れる吐息さえ逃すのが惜しいとばかりに、ステイシーを求め続けていたクラヴィルだが、

「……はぁ」

 さすがに息が苦しくなったステイシーに軽く押し返され、ようやく名残惜しそうにクラヴィルはステイシーを解放した。

「クラヴィル……様」

 薄っすら涙が浮かぶクラヴィルのことだけを写した栗色の瞳で、ステイシーが名を呼ぶ。
 絶対に他の誰にも渡したくないと思うそれは紛れもなく独占欲で。
 こんなこと、ステイシー以外には絶対できない。
 これだけ重たい気持ちに名前をつけるなら、それは間違いなく。

「君が好きだ」

 それ以外が見つからないと、クラヴィルが優しく微笑んでステイシーの耳に髪をかける。

「クラヴィル……様?」

 瞳を大きく見開き、クラヴィルの名を呼ぶステイシーの頬に指を滑らせたクラヴィルは、

「俺はステイシーを愛してる」

 今度ははっきりとステイシーの栗色の瞳を見て告げる。

「ステイシーに同じ気持ちを返してもらえるように、これからは頑張るから。"君を愛することはない"と言ったことを撤回させて欲しい」

 本当にすまなかったと謝罪の言葉と共に素直に頭を下げたクラヴィルにクスクス笑ったステイシーは、そっとクラヴィルの黒髪を撫でる。

「私にとってアレはただのファンサだったので、元々怒ってなんていませんでしたけど。謝罪を受け入れます」

 ステイシーの言葉を受けて顔を上げれば、

「ふふっ、本当に素直なところはクラヴィル様の美点ですね」

 楽しげな口調でそう告げ、栗色の瞳が優しく笑う。

「それに私だって好きでもない相手にキスなんて許しませんよ」

 ぎゅっとクラヴィルの手を握ったステイシーは、

「離縁する気だったので、言うつもりはなかったんですけど。どうやら私はあなたに恋をしているようです」

 クラヴィルの綺麗な濃紺の瞳を覗き返し、

「クラヴィル様を愛しています。とっくに同じ気持ちですよ」

 と、ステイシーは自身の本心を告げる。
 クラヴィルとコツンとおでこを合わせ、

「あなたの物語をこれから先も一番近くで鑑賞してもいいですか?」

 そう尋ねたステイシーに、

「最後まで、恋物語に付き合ってくれるんだろ?」

 恋物語は長期戦らしいぞ? と笑ったクラヴィルは再びステイシーにキスを落とした。
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