【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
ーー2年後。
「よし、順調!」
ローブを纏ったステイシーは実験結果を手に満足げに頷くと、ヒールを響かせ廊下を歩く。
「あとはナチ様に確認頂いて。あ、でも承認と論文の相談ならデュオン様を通してからのほうがいいかしら」
独り言をつぶやいて、魔術師団の詰め所方面に歩きはじめたところでステイシーの身体がふわりと浮いた。
「ただいま、ステイシー」
満面の笑みでステイシーを抱きあげてそう言ったのは、帰還したばかりのクラヴィルだった。
「えっ!? クラさん、どうしてここに? というか、どこから?」
ここ2階の渡り廊下ですけど、と困惑気味のステイシーに、
「帰還の報告から戻る途中で、君が歩いてるのが見えたから。1階から壁を蹴ってそこの窓から」
素直に答えるクラヴィル。
「……人間が通る道を通って来てください」
もう、この人はっとため息をついたステイシーに、
「緊急時しかやらない」
クラヴィルはしれっと言い返す。
「今、緊急時じゃないでしょう」
めっ、と叱るものの、
「ステイシーがこっちの塔にいることなんて滅多にないんだから緊急時だろ」
顔面国宝と称えられるクラヴィルに会いたかったと囁かれたらそれ以上何も言えなくなってしまうので、これが惚れた弱みというやつなのだろうとステイシーは窘めるのを諦めた。
クラヴィルに降ろしてもらいストンと地に足をつけ、
「騎士団の戻り来週じゃ?」
聞いていた予定と違うと首を傾げるステイシーに、
「ステイシーが今月から新しい魔術式の実験だって言ってたから。また実験棟に閉じこもって無理してるんじゃないかって心配で。予定早めて帰って来た」
褒めてと言わんばかりに主張するクラヴィル。
騎士としての仕事はクラヴィルにとって優先事項であることに変わりはないが、かといって家庭を蔑ろにすることはなく。
何よりステイシーとの時間を望んだクラヴィルが持ち前の素直さで誠実にステイシーと向き合おうと努力した結果、この2年ですっかり溺愛系の旦那さまに成長した。
「それにしても、1週間も予定を早めるなんて、相当無理したんじゃ……。クラさん怪我してないです?」
「してない。それに、うちには今優秀な治癒師がいるし」
全員無事、とクラヴィルが報告したと同時に、
「だからといって、旅程無視すんじゃないわよ。バカ団長」
盛大なため息と共に廊下にそんな声が響く。
そちらに視線をやれば、赤みがかったピンク色のジト目でこちらを睨むアイリーと目が合った。
仁王立ちでコチラを見ている彼女はふわりと揺れる水色の髪を一つに束ね、医療支援職の制服を纏っていた。
「2週間ぶりの再会だぞ。見逃してやれよ、アイリー」
アイリーの隣でにかっと大きな口で笑ったのはルシオンだ。
2年前の災厄級討伐で一時は生死を彷徨うほどの重症を負っていた彼は、アイリーが持つ神聖力の奇跡の魔法"全回復"のおかげで、その日のうちに完治し、その後は変わらず副官の職についている。勿論、今も彼の首にはアレキサンドライトの石がついた指輪が光っている。
「そうやってルシオンが団長を甘やかすからでしょ!?」
フォローする側のことも考えなさいよ! とシャーッと猫が毛を逆立てて威嚇するかのように怒るアイリーに、
「アイリーの主張も分かるけど、俺としては最愛の妻の顔を一番に見たいの分かるしなぁ」
さらっとそう言ってアイリーの髪を一房掬い、
「まぁ、俺はアイリーといつでも一緒にいられるからいいけど」
流れるような動作でそこに口付けを落とす。
「ちょっ!? なっ、な……」
「とはいえ、俺も早く終わらせてアイリーと二人きりになりたいし」
耳触りのいい低い声で囁かれ、耳まで赤く染まったアイリーは、
「し、しかたないわね」
ふいっとそっぽを向くものの、ルシオンの袖口を掴んで離さない。
「俺のアイリーは世界で一番可愛いなぁ」
そんなアイリーを優しい目で見つめるルシオンは、愛おしそうに彼女の頭をそっと撫でた。
「ふぁぁあぁーっ!! やばい、推しカップルのイチャイチャとか尊いしか出てこないっ!! ツンデレ系美少女×包容力高めのスパダリ系旦那様。アイリー様のデレの具合が最高過ぎて可愛いしかない」
ぐっと拳を握りしめ、一連の流れを称賛したステイシーは、
「この感動はどこに課金したらいいですか!?」
続編希望です! と喰い気味に語る。
「……あなた、本当に相変わらずね」
もう少し落ち着きなさいよ、といつものローテンションを取り戻したアイリーは、
「別に鑑賞料は取らないわよ。あなたのおかげで、自由に外を出歩けるようになったし」
これでも感謝してるのよと肩をすくめ、
「あなたは結局、その道を選んだのね」
ステイシーが纏っているローブをピンク色の目に映す。
金の刺繍の入れられたそのローブは宮廷魔術師だけが羽織ることが許されるもので、原作の当て馬妻がクラヴィルと離縁後に選んだ道と同じだった。
「ええ。研究職合ってるみたいですし。それに宮廷魔術師なら地方にも派遣してもらえますから」
クラヴィルと話し合い魔術研究学院に復学し、特級魔術師の資格取得した後の選択は随分悩んだ。
クラヴィルと生きていく以上避けられない公爵夫人としての役割とか。
育ててくれたエルネア伯爵家への恩返しとか。
大吟醸を作る個人的な野望とか。
どれも捨てられず悩んでいたステイシーに、全部叶えればいいだろうと当然のように言い放ったクラヴィル。
それもそうかとクラヴィルの言葉に従って欲張ることに決めたステイシーは原作の当て馬妻と同じように宮廷魔術師の職を選んだ。
その分大変なことも多いけれど、悩んで決められない時も、幸せを噛み締めている時も、側にはいつもクラヴィルがいてくれるから。
「推しに課金するためと思えば、ふっかけられる難題すらご褒美です」
選んだ道が最適解だったと胸を張って言えるように一日一日積み重ねて行こうと思うのだ。
「あなたらしいというか、本当ブレないわね」
「はい。推しの物語を堪能するために生きてますので!」
推し活が生き甲斐なので、と屈託なく笑うステイシー。
「なるほど。それに私も救われたわけね」
「ふふっ。でもアイリー様に関しては私は特に何もしてませんよ? 実際に働きかけたのは王女殿下と騎士団や魔術師団の皆さまですし」
2年前の災厄級ミズチの討伐。その時の被害状況を鑑み、治癒師の同行の必要性が議論されたが貴重な神聖力を持つ人間は教会で厳重に保護されるべきだという主張は根強く整備はなかなか進まなかった。
そこに一石を投じたのが神聖力を封じ込めた"治癒薬"の存在。
アイリーの協力を得てナチと共に治癒魔法を解析し、神聖力が今まで認知されていた属性外の魔力であることを証明したのち、ステイシーが複数の魔力を組み合わせ特殊な液体を生成し、そこに神聖力を定着させる新たな魔術式を編み出した。
それは今までの単純に魔力を回復させるだけの魔力回復薬とは違い、対象の症状に合わせ本人の治癒能力を上げることでけが等を回復させる。
確かに神聖力自体は貴重だが、代りが効くのであれば必ずしもその場に神聖力を宿した本人がいる必要もないとティアリスが働きかけたことで、教会の保護を受けるかは神聖力を持つ本人達の自由選択に任される形となったのだ。
とはいえ、カラコンを外し堂々と外を歩けるようになったアイリーがルシオンが心配という理由で騎士団専属の治癒師になるとは流石に思わなかったけど。
「でも、ステイシーがいなければこうはならなかったから」
感謝してるのと再度礼を述べ微笑んだアイリーは、
「仕方ないわね。報告書はルシオンと作りますから、なるはやでお戻りくださいね。他の騎士達にも示しがつきませんので」
ツン全開でクラヴィルにそう言い残し、ルシオンの手を引いて騎士団の本拠地の方へ歩いていった。
「はぁー今日も推しが尊い」
二人を見送り良き良きとステイシーが微笑んだところで、のしっと頭と背に重みが載りステイシーはぎゅっと後ろから抱きしめられる。
「ステイシー、推し多すぎないか?」
と、クラヴィルから拗ねたような声が落ちてくる。
「ふふ、すみません。推しは何人いてもいい派なので」
好きが多すぎて、と悪びれないステイシーは、
「まぁ、例外は一人だけなので許してください」
くるっと体勢を変えると、クラヴィルの耳元でそう囁いて、クラヴィルの腕に自ら収まる。
推しにガチ恋しない派だったのに、それを覆した唯一の例外。
当て馬妻として嫁いだ時には想像すらしなかった、最愛の旦那さまを愛でながら、
「今日は早く帰れるように頑張りますから」
拗ねないで、とクラヴィルの黒髪を撫でて機嫌を取る。
「じゃあ職場まで迎えに行く」
「いや、家で待っててほし」
「迎えに行く。絶対残業するだろ。なんなら三日三晩寝食忘れて実験するだろ。この間それで倒れたのを忘れたとは言わせない」
ステイシーの主張を喰い気味で遮り絶対譲らないクラヴィル。
地響きかと思うほどドスの効いた声と氷のように冷たい視線。美人怒るとマジで怖いの図。だが、つい先々月やらかしたのは事実なのでぐうの音も出ないステイシー。
それに、クラヴィルがステイシーの身を本気で心配してくれているのは分かるので。
「……定時で上がれるように頑張ります」
素直に白旗をあげたステイシーはそう約束した。
「ところで、クラさんはいつまで私を捕獲しておくおつもりですか?」
そろそろ離して欲しいとステイシーは申し出るが、
「ステイシー曰く、俺は"考えるな、感じろ!!"らしいから、直接触れないと"愛してる"が分からない。というわけで確認するまでだな」
真っ直ぐ覗き込んでくる濃紺の瞳はそう言って離してくれない。その目には"君を愛することはない"を撤回した夜と変わらずステイシーだけを写していて。
何を強請られているのか分かり、ステイシーの頬がじわじわと熱を持つ。
「わ、私から……ですか?」
「今なら誰もいない」
クラヴィルがそう言い切る以上は本当に誰もいないのだろう。悩んだところで状況は変わらないので。
「おかえりなさい、クラさん」
クラヴィルの主張に今回も折れることにしたステイシーがおかえりのキスをすれば、それに応えるようにクラヴィルもステイシーにキスをし返す。
「ただいま、ステイシー」
満足したらしいクラヴィルの濃紺の瞳を見ながらステイシーは思う。
「"君を愛することはない"から始まる物語は、やっぱり全部良作ですね!」
ここから先の余白の時間をクラヴィルと一緒に埋めていきたい。そう願いながらステイシーは今日も推しを愛でるのだった。
「よし、順調!」
ローブを纏ったステイシーは実験結果を手に満足げに頷くと、ヒールを響かせ廊下を歩く。
「あとはナチ様に確認頂いて。あ、でも承認と論文の相談ならデュオン様を通してからのほうがいいかしら」
独り言をつぶやいて、魔術師団の詰め所方面に歩きはじめたところでステイシーの身体がふわりと浮いた。
「ただいま、ステイシー」
満面の笑みでステイシーを抱きあげてそう言ったのは、帰還したばかりのクラヴィルだった。
「えっ!? クラさん、どうしてここに? というか、どこから?」
ここ2階の渡り廊下ですけど、と困惑気味のステイシーに、
「帰還の報告から戻る途中で、君が歩いてるのが見えたから。1階から壁を蹴ってそこの窓から」
素直に答えるクラヴィル。
「……人間が通る道を通って来てください」
もう、この人はっとため息をついたステイシーに、
「緊急時しかやらない」
クラヴィルはしれっと言い返す。
「今、緊急時じゃないでしょう」
めっ、と叱るものの、
「ステイシーがこっちの塔にいることなんて滅多にないんだから緊急時だろ」
顔面国宝と称えられるクラヴィルに会いたかったと囁かれたらそれ以上何も言えなくなってしまうので、これが惚れた弱みというやつなのだろうとステイシーは窘めるのを諦めた。
クラヴィルに降ろしてもらいストンと地に足をつけ、
「騎士団の戻り来週じゃ?」
聞いていた予定と違うと首を傾げるステイシーに、
「ステイシーが今月から新しい魔術式の実験だって言ってたから。また実験棟に閉じこもって無理してるんじゃないかって心配で。予定早めて帰って来た」
褒めてと言わんばかりに主張するクラヴィル。
騎士としての仕事はクラヴィルにとって優先事項であることに変わりはないが、かといって家庭を蔑ろにすることはなく。
何よりステイシーとの時間を望んだクラヴィルが持ち前の素直さで誠実にステイシーと向き合おうと努力した結果、この2年ですっかり溺愛系の旦那さまに成長した。
「それにしても、1週間も予定を早めるなんて、相当無理したんじゃ……。クラさん怪我してないです?」
「してない。それに、うちには今優秀な治癒師がいるし」
全員無事、とクラヴィルが報告したと同時に、
「だからといって、旅程無視すんじゃないわよ。バカ団長」
盛大なため息と共に廊下にそんな声が響く。
そちらに視線をやれば、赤みがかったピンク色のジト目でこちらを睨むアイリーと目が合った。
仁王立ちでコチラを見ている彼女はふわりと揺れる水色の髪を一つに束ね、医療支援職の制服を纏っていた。
「2週間ぶりの再会だぞ。見逃してやれよ、アイリー」
アイリーの隣でにかっと大きな口で笑ったのはルシオンだ。
2年前の災厄級討伐で一時は生死を彷徨うほどの重症を負っていた彼は、アイリーが持つ神聖力の奇跡の魔法"全回復"のおかげで、その日のうちに完治し、その後は変わらず副官の職についている。勿論、今も彼の首にはアレキサンドライトの石がついた指輪が光っている。
「そうやってルシオンが団長を甘やかすからでしょ!?」
フォローする側のことも考えなさいよ! とシャーッと猫が毛を逆立てて威嚇するかのように怒るアイリーに、
「アイリーの主張も分かるけど、俺としては最愛の妻の顔を一番に見たいの分かるしなぁ」
さらっとそう言ってアイリーの髪を一房掬い、
「まぁ、俺はアイリーといつでも一緒にいられるからいいけど」
流れるような動作でそこに口付けを落とす。
「ちょっ!? なっ、な……」
「とはいえ、俺も早く終わらせてアイリーと二人きりになりたいし」
耳触りのいい低い声で囁かれ、耳まで赤く染まったアイリーは、
「し、しかたないわね」
ふいっとそっぽを向くものの、ルシオンの袖口を掴んで離さない。
「俺のアイリーは世界で一番可愛いなぁ」
そんなアイリーを優しい目で見つめるルシオンは、愛おしそうに彼女の頭をそっと撫でた。
「ふぁぁあぁーっ!! やばい、推しカップルのイチャイチャとか尊いしか出てこないっ!! ツンデレ系美少女×包容力高めのスパダリ系旦那様。アイリー様のデレの具合が最高過ぎて可愛いしかない」
ぐっと拳を握りしめ、一連の流れを称賛したステイシーは、
「この感動はどこに課金したらいいですか!?」
続編希望です! と喰い気味に語る。
「……あなた、本当に相変わらずね」
もう少し落ち着きなさいよ、といつものローテンションを取り戻したアイリーは、
「別に鑑賞料は取らないわよ。あなたのおかげで、自由に外を出歩けるようになったし」
これでも感謝してるのよと肩をすくめ、
「あなたは結局、その道を選んだのね」
ステイシーが纏っているローブをピンク色の目に映す。
金の刺繍の入れられたそのローブは宮廷魔術師だけが羽織ることが許されるもので、原作の当て馬妻がクラヴィルと離縁後に選んだ道と同じだった。
「ええ。研究職合ってるみたいですし。それに宮廷魔術師なら地方にも派遣してもらえますから」
クラヴィルと話し合い魔術研究学院に復学し、特級魔術師の資格取得した後の選択は随分悩んだ。
クラヴィルと生きていく以上避けられない公爵夫人としての役割とか。
育ててくれたエルネア伯爵家への恩返しとか。
大吟醸を作る個人的な野望とか。
どれも捨てられず悩んでいたステイシーに、全部叶えればいいだろうと当然のように言い放ったクラヴィル。
それもそうかとクラヴィルの言葉に従って欲張ることに決めたステイシーは原作の当て馬妻と同じように宮廷魔術師の職を選んだ。
その分大変なことも多いけれど、悩んで決められない時も、幸せを噛み締めている時も、側にはいつもクラヴィルがいてくれるから。
「推しに課金するためと思えば、ふっかけられる難題すらご褒美です」
選んだ道が最適解だったと胸を張って言えるように一日一日積み重ねて行こうと思うのだ。
「あなたらしいというか、本当ブレないわね」
「はい。推しの物語を堪能するために生きてますので!」
推し活が生き甲斐なので、と屈託なく笑うステイシー。
「なるほど。それに私も救われたわけね」
「ふふっ。でもアイリー様に関しては私は特に何もしてませんよ? 実際に働きかけたのは王女殿下と騎士団や魔術師団の皆さまですし」
2年前の災厄級ミズチの討伐。その時の被害状況を鑑み、治癒師の同行の必要性が議論されたが貴重な神聖力を持つ人間は教会で厳重に保護されるべきだという主張は根強く整備はなかなか進まなかった。
そこに一石を投じたのが神聖力を封じ込めた"治癒薬"の存在。
アイリーの協力を得てナチと共に治癒魔法を解析し、神聖力が今まで認知されていた属性外の魔力であることを証明したのち、ステイシーが複数の魔力を組み合わせ特殊な液体を生成し、そこに神聖力を定着させる新たな魔術式を編み出した。
それは今までの単純に魔力を回復させるだけの魔力回復薬とは違い、対象の症状に合わせ本人の治癒能力を上げることでけが等を回復させる。
確かに神聖力自体は貴重だが、代りが効くのであれば必ずしもその場に神聖力を宿した本人がいる必要もないとティアリスが働きかけたことで、教会の保護を受けるかは神聖力を持つ本人達の自由選択に任される形となったのだ。
とはいえ、カラコンを外し堂々と外を歩けるようになったアイリーがルシオンが心配という理由で騎士団専属の治癒師になるとは流石に思わなかったけど。
「でも、ステイシーがいなければこうはならなかったから」
感謝してるのと再度礼を述べ微笑んだアイリーは、
「仕方ないわね。報告書はルシオンと作りますから、なるはやでお戻りくださいね。他の騎士達にも示しがつきませんので」
ツン全開でクラヴィルにそう言い残し、ルシオンの手を引いて騎士団の本拠地の方へ歩いていった。
「はぁー今日も推しが尊い」
二人を見送り良き良きとステイシーが微笑んだところで、のしっと頭と背に重みが載りステイシーはぎゅっと後ろから抱きしめられる。
「ステイシー、推し多すぎないか?」
と、クラヴィルから拗ねたような声が落ちてくる。
「ふふ、すみません。推しは何人いてもいい派なので」
好きが多すぎて、と悪びれないステイシーは、
「まぁ、例外は一人だけなので許してください」
くるっと体勢を変えると、クラヴィルの耳元でそう囁いて、クラヴィルの腕に自ら収まる。
推しにガチ恋しない派だったのに、それを覆した唯一の例外。
当て馬妻として嫁いだ時には想像すらしなかった、最愛の旦那さまを愛でながら、
「今日は早く帰れるように頑張りますから」
拗ねないで、とクラヴィルの黒髪を撫でて機嫌を取る。
「じゃあ職場まで迎えに行く」
「いや、家で待っててほし」
「迎えに行く。絶対残業するだろ。なんなら三日三晩寝食忘れて実験するだろ。この間それで倒れたのを忘れたとは言わせない」
ステイシーの主張を喰い気味で遮り絶対譲らないクラヴィル。
地響きかと思うほどドスの効いた声と氷のように冷たい視線。美人怒るとマジで怖いの図。だが、つい先々月やらかしたのは事実なのでぐうの音も出ないステイシー。
それに、クラヴィルがステイシーの身を本気で心配してくれているのは分かるので。
「……定時で上がれるように頑張ります」
素直に白旗をあげたステイシーはそう約束した。
「ところで、クラさんはいつまで私を捕獲しておくおつもりですか?」
そろそろ離して欲しいとステイシーは申し出るが、
「ステイシー曰く、俺は"考えるな、感じろ!!"らしいから、直接触れないと"愛してる"が分からない。というわけで確認するまでだな」
真っ直ぐ覗き込んでくる濃紺の瞳はそう言って離してくれない。その目には"君を愛することはない"を撤回した夜と変わらずステイシーだけを写していて。
何を強請られているのか分かり、ステイシーの頬がじわじわと熱を持つ。
「わ、私から……ですか?」
「今なら誰もいない」
クラヴィルがそう言い切る以上は本当に誰もいないのだろう。悩んだところで状況は変わらないので。
「おかえりなさい、クラさん」
クラヴィルの主張に今回も折れることにしたステイシーがおかえりのキスをすれば、それに応えるようにクラヴィルもステイシーにキスをし返す。
「ただいま、ステイシー」
満足したらしいクラヴィルの濃紺の瞳を見ながらステイシーは思う。
「"君を愛することはない"から始まる物語は、やっぱり全部良作ですね!」
ここから先の余白の時間をクラヴィルと一緒に埋めていきたい。そう願いながらステイシーは今日も推しを愛でるのだった。


