MR(医薬情報担当者)だって恋します!
鈴木に言われたばかりなのに、来てすぐ沢野先生のところに行くのはどうかと思ったのだが、早い時間の方が他社MRはいないので、迷惑もかけないんじゃないかと思って行くことにした。
正直に言えば、沢野先生との時間は私にとって癒しの時間なので、営業がある程度終わったころに訪ねられれば一番いい。だがその時間は他社MRもいる時が多いのだ。
今日はエクサシールWについてと、それから、沢野先生から頼まれていたアシュケナージのショパンワルツ集のCD。
私がピアノで最初に苦労したのが小学生の時の発表会のショパンの子犬のワルツだった。その時に聞いていたのがアシュケナージのショパンワルツ集のCDで、
「こんな風にいつか弾けるようになりたいと思いながら聞いていたんです」
と沢野先生に言うと、
「そうなのですね。鈴木さんが目標にしたショパンのワルツ。気になりますね。良かったらCDを貸して頂けますか?」
と言われたのだ。だいぶん前に買ったものだからケースに小さなヒビが入っているし、恥ずかしいとは思ったのだが、沢野先生が聞きたいというのならと持ってきた。
沢野先生の部屋の前でノックをする。
反応がない。
いらっしゃらないのかな、と後ろを向こうとすると、
「すみません。今、開けますね」
と背後から腕が伸びてきた。沢野先生だった。あまりに近い距離に一瞬ドキリとした。
「どうぞ?」
私はすっかり座り慣れた沢野先生の机の前の椅子に座った。
「今日はどんな情報をくれますか?」
「エクサシールWについてなんですが」
エクサシールWは他の薬で降圧効果が見られない場合、もしくは何錠も違う降圧剤を飲んで血圧管理をしている方を切り替える形での処方をしてほしいということを説明した。
「高血圧で来られた患者さんにいきなりは投与できないということですね?」
「すみません。私の勉強不足で」
「いえいえ、教えて頂き良かったです」
沢野先生はにっこり笑うとそう言った。
この笑顔を見ると来てよかったと思う。
鈴木は「生まれたんだから、生きるだけでいい」と言ってくれた。そう思えるのが一番だと思う。ただ、誰かの役に立てるのはやはり嬉しい。
「それと、先生がおっしゃられてた、アシュケナージのショパンワルツ集のCD、持ってきました」
「ありがとうございます」
沢野先生の表情が先程とはまた違って柔らかくなった。私の持ってきた袋からCDを取り出して、
「年季が入ってますね」
と沢野先生は微笑んだ。
「聞くのが楽しみです。では、僕の方からは、アシュケナージのエチュードをお貸しいたしますね」
予想外のことに私は思わず、
「いいんですか?! 嬉しいです!」
と歓声を上げた。沢野先生はそんな私に、
「どうぞ」
と嬉しそうに微笑んだ。エチュードはアシュケナージのを聞いたことがなかった。
「確か以前、エチュードの途中まで練習していたと聞いたので、持ってきました」
「ありがとうございます! ポリーニのは持っているのですが、アシュケナージのエチュードは持っていなくて……」
「ぜひ聞き比べて感想を聞かせてください」
「はい!」