MR(医薬情報担当者)だって恋します!
とはいえ、いつもは沢野先生の部屋で癒してもらってたのに、行けなくなり私は疲れを感じていた。
沢野先生のいつもの笑顔が見たい。
いい関係だと思っていたのに、なぜ沢野先生はあんなことをしたんだろう。沢野先生だって今まで通りじゃなくなるのは分かっているはず。
分からない。
ため息ばかりが出る。
「最近またしょげてんのか? 」
橘先生の声に私は顔を上げた。
「しょげてるというか、いっぱいいっぱいで……」
「シルビルナは俺は結構出してるんだけどなあ。まあ、いい。話くらいは聞いてやるよ」
橘先生に誘われ、私は橘先生の部屋に入った。
「おう。それで? 何がいっぱいいっぱいなんだ?」
部屋に入ったのはいいけれど、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。沢野先生のことはもちろん言えないし……。
「どうした?」
「先生。営業のことで悩んでるんではないんです」
「ほう? じゃ、プライベートなことか」
「そんな感じです」
橘先生はいつものように煙草に火をつけた。
「先生。男性はどんな時にキスをしたいと思うのでしょうか?」
「……」
橘先生は煙草の煙を吐ききって、私を見た。
「なんだ、好きな人でもできたのか?」
「一番好きなのは橘先生ですけど」
橘先生はゴホゴホとむせて私を睨んだ。
「まだそんなこと言ってるのか? で、俺にされたいからそんなこと言うのか?」
「いえ、奥さんに悪いので、今はそう思ってません」
ちょっと考えて言うと、
「ちっとは冷静になったじゃねえか」
橘先生はふっと笑ったが、すぐに真顔になった。
「鈴木、もしかして」
橘先生の言葉にどきりとしながら続きを待つ。
「されたのか?」
私は答えられない。
「俺がもしそんなことをするなら、相手を落としたいからだ。好意があるからだ」
好意があるから……。
「だが、それは勝手な言い分で、相手にその気がないのに無理やりするのはいただけないな」
橘先生は真っ直ぐに私を見た。
「誰にされた? 医者か? MRか? セクハラじゃ済まないぞ?」
私は橘先生の心遣いに涙が出そうになるのをこらえた。この部屋では泣かないと約束したんだ。
「私に隙があるからいけないんです」
「確かに鈴木は隙だらけだ。今だって」
橘先生は突然私の手をつかんでぐいと引き寄せた。
私は驚きと不安に先生を見る。
「鈴木は女だ。こうやって男に掴まれたら何もできない」
橘先生は手を離した。
「他のドクターの部屋にも入ってるんだろ? 部屋に二人。その時は常に気を抜くな。何かあってからじゃ遅いんだ」
私は諦めたはずの橘先生にどきどきしてしまった。
「そんな風に惚けるのも誘ってるのと同じだからな」
橘先生に言われて私は姿勢を正した。
「心がなくても隙あれば手を出す馬鹿な男もいる。鈴木が誰にされたか知らんが、そう言う男はお前の体だけが目当てだ。とにかく身を守れよ」
でも、沢野先生はそういう男ではない、と思う。
「気をつけます」
「呼吸器内科のドクターじゃねえよな? もしそうなら殴ってやる」
「違います。まるで橘先生は私のお父さんみたい」
「ばあか。まだそんなに歳いってねえよ」
橘先生は笑ったが、また真顔になって、
「何かされそうになったら本気で抵抗してここまで逃げてこい。俺が相手になってやる」
と言った。
橘先生のこういう熱血漢なところ、やっぱり素敵だと思う。
「心強いです」
私は笑って答えた。
「女は大変だな。自分の身を守りながら営業。なかなか難しいと思う。頑張れよ」
「はい。頑張りますので、シルビルナよろしくお願いします」
「出してやるよ。最近、一錠の方がいいと言う患者が多いからな」
「ありがとうございます」
「じゃあな」
「失礼します」
橘先生の部屋を出る頃には少し心が軽くなっていた。