MR(医薬情報担当者)だって恋します!


「こんにちは~。お疲れ様です」

 10階のエレベーターホールにいると、腎臓内科の医局長の谷口先生が通ったので挨拶をして頭を下げた。谷口先生は私に気づくと少し手を挙げて忙しそうに去っていく。谷口先生が手を挙げるのも以前はなかったことだ。少しずつドクターとの距離は縮まっているはずなのに。

 春が近づき、風が温かくなってきたが、心はなんだか悶々としていた。
 そして、季節の変わり目だからか私は風邪をひいた。

 エレベーターホールで待っているとき、咳が出てしまう。病院に行ったけれど、薬を飲んでも一週間も咳が止まらない。

「鈴木さん、もう風邪ひいてからだいぶなるよね? 大丈夫?」

 今野さんが声をかけてきた。

「病院は患者さんがいるから、どうしても風邪やほかの病気をもらいやすいんだよね。でも、マスクして営業するわけにもいかないしね。治らないなら病院に行ったほうがいいよ?」
「あ、はい。病院には行ったのですけれど……治らなくて」

 今野さんはちょっと考えて、

「大学《ここ》の先生に診てもらったら?」

 と言った。

「え?」

 私の心臓がどくんと跳ねる。

「大丈夫、僕も診てもらったことあるし、頼めば診てくれるよ」

 そういう問題ではなく、大学《ここ》のドクターに診られるというのが恥ずかしいと思ったのだ。
 でも。大学病院で診てもらうなんてなかなかないし、何より治るかもしれないし。
 問題は誰に診てもらうかだ。営業が難攻している竹部先生と塩屋先生のどちらかに診てもらってそれをネタに少しは距離を縮めるか。
 否。正直あの二人のドクターには診てもらいたくなかった。
 最近仲良くなった森田先生。話している時は楽しいけれど、ドクターとして診てもらうとなるとなんとなく頼りない。
 そうだ。
 私の脳裏に一人のドクターが浮かんだ。橘先生。橘先生なら信頼できる気がする。

「わかりました。橘先生にきいてみます」
「うん。そうしてみるといい」

 橘先生はあの駐車場で話して以来、時々処方をお願いすると、うなずいてくれるようになり、たまに言葉を交わすぐらいにはなっていた。

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