MR(医薬情報担当者)だって恋します!
「アラベスク。僕も好きです。綺麗な音ですね」
沢野先生は目を細めて笑った。
「他にもどうぞ?」
他……。逆に困ってしまう。
私は苦心してベートーヴェンの『月光のソナタ』を通して弾いた。第三楽章が難しい。かなり音間違いもしてしまった。
「ドビュッシーとはまた違って、力強い音ですね」
「お恥ずかしいです。こんな出来で……」
「いえいえ。ショパンを何か弾きませんか?」
「えっと、それでは幻想即興曲を……」
久しぶりに弾く幻想即興曲は指がもつれて音も抜けて散々だった。
「すみません……。残念な出来で」
沢野先生は「いえいえ」と目を細めた。
「ドビュッシー、ベートーヴェン、ショパン、それぞれ弾き分けができていましたよ」
「とんでもないです。あ! 私、先生のピアノも聞いてみたいです」
私の言葉に、
「僕はさらに指が動きませんが、それでよければ」
と沢野先生は言って、私とピアノの椅子を変わった。
「僕は最近はショパンのエチュードしか弾いていないので」
そう弾き始めた沢野先生。先程の言葉は沢野先生の謙遜だったと直ぐに分かる。
沢野先生の長い指が正確に、ドラマチックに音を紡ぐ。
「『革命』……! 凄い……!」
圧倒される。嵐のように駆け抜けて、曲が終わった時、私は感激して拍手を送った。
「そんなに拍手されると照れますね。そんな大した腕でないのに」
沢野先生は座ったままこちらを向いて、赤くなって言った。
「もう一曲ぐらい弾こうかな」
またピアノに向かった沢野先生が弾きだしたのは、『黒鍵』だった。