MR(医薬情報担当者)だって恋します!

「私も谷口先生も軽率だった。もっと田舎のホテルにでも行っていればよかった」

 夏目さんは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。そして、

「そうなの。私は谷口先生と不倫をしていたのよ」

 と諦めたように付け加えた。

「夏目さん、以前私がドクターに恋心を抱いたと相談したとき、やめときなさいとおっしゃっていましたよね? その夏目さんがなぜ……」
「それは私がきつかったから言ったの。鈴木さんに私のような思いはしてほしくなかった」
「夏目さん……」

 私は切なくなった。

「谷口先生はね、私が一番最初に仲良くなったドクターだったの。右も左も分からないなりに一生懸命に大学を回っていた時よ。谷口先生はそんな私にいつも優しく声をかけてくれた」

 私にもそうだったからよくわかった。

「優しい先生。ただそれだけだったのよ。でも、先生の部屋で話すうちに私は個人的な話をするようにまでなった。私は父を早くに亡くしているの。父がいたらこんな感じだったのかなと先生に対して思うようになったわ。でもいつの間にかそれ以上の存在になってしまったの」

 そう言って夏目さんは自嘲気味に笑った。

「馬鹿だったわ。ドクターは私たちのこと、どんなに仲良くなっても対等には見てくれないのに」

 夏目さんは語った。
 腎臓内科の接待をしたときに、谷口先生が「君もタクシーに乗るといい」と夏目さんに言った。夏目さんは自分のタクシーチケットを持っていたが、断るのも憚られて乗ったという。その時に、「よければ飲み直さないかい?」と言われて、バーに行った。そして二人とも酔った勢いで寝てしまった。夏目さんは一度きりのいい思い出として忘れようとしたが、その後も谷口先生は何度も夏目さんを誘うようになった。夏目さんは谷口先生に惚れていたため、断ることができなかった。

「こんな関係続けてても無意味だと思っていたのよ。だから一度、言ったの。やめたい。別れたいと」

 夏目さんは言った。
 谷口先生は、「僕は今、妻とうまくいっていなくてね。もし別れたら君との関係を続けられるだろうか?」と言ってきたという。「私を妻にしてくれるということですか?」「君さえよければ」
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