MR(医薬情報担当者)だって恋します!


 夏目さんは信じてしばらく関係を続けた。しかし、谷口先生は一向に奥さんと別れる気配はなかった。「先生、まだ奥さんと別れられないのですか?」ある日夏目さんが口にすると、「え? なんのことだい?」谷口先生はしらばっくれたという。

「私は本当に馬鹿だった。でもその時思ったの。私が別れを切り出したら、今度こそ私と先生の間には何もなくなってしまうと。そう思うと怖くて、なかなか別れることができなかった」

 愛のない体の関係にすがってしまった夏目さん。相手を好きならそれでもいいと思ってしまう気持ちが今はほんの少し分かるような気がした。でもそんなのあまりにも悲しい。

「私ももうすぐ28になるの。MRは若いうちに結婚しないと結婚できないままになるケースが多いのよ。それでちゃんとした恋愛をしなきゃと思うようになって、数日前、別れを切り出したの」

 私は息を呑んで、夏目さんの次の言葉を待った。

「谷口先生はごねたわ。でもそれでも私は別れを選んだ。出入り禁止の理由は本当はそれ。谷口先生は手のひらを返したように冷たくなった。きっと私が大学の担当を外れるように仕向けているのよ」
「そんな……」

 私は谷口先生がそんなことをするドクターだということに衝撃を受け、夏目さんのさらされている境遇に胸が痛くなった。

「正直、腎臓内科で出禁は厳しいけれど、私は簡単には大学を離れたくない。そのためには他の科で処方してもらわないとね」

 夏目さんは悲しげに笑った。

「まだ誰にもばれていないと思うから、これは秘密ね」
「でも……これじゃ夏目さんだけが苦労します」
「寝た私も悪いんだから仕方ないのよ。きっと私の心を見透かして谷口先生は私を誘ったんだろうけど」

 夏目さんからそう言われても納得のいかない自分がいた。
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